邦星堂和楽器店ブログ

この頃、心中や自殺が減ったという話も聞きませんが、生活苦とかの無理心中は有っても、前みたいな、「親や周りが許さないから」という理由での心中など聞かなくなって久しいですな。江戸時代には、近松門左衛門の『曾根崎心中』とか『心中天網島』とかが評判をとったものですから、心中をモテハヤス風潮が甚だしく、「心中」という言葉を使用禁止にして、代わりに「相対死（あいたいじに）」としたり、生き残ると橋のたもとに晒して恥辱を与えるなど、とにかく出来るだけ心中に「汚らしさ」を印象ずけようと努力したようです。

私が物心ついてからは、金銭面で行き詰まったか、もしくは「片思い相手が応えてくれないので、」とか云うのばかりで、一部の人の「憧れの対象」になる、「ヘンテコ」と言っては何ですが、つまり「観念的な理由」からの心中って無かったように思います。太宰治の場合は、中学校の国語の先生が「あれは遊びが本当になっただけ」と言ってましたし、愛新覚羅慧生（宣統帝溥儀の姪）の天城山心中だって、周りの大人は皆が「相手の男による無理心中だ」と言ってましたぜ。
戦前だと「心中した男女に肉体関係が無かった」というので流行歌（天国に結ぶ恋）にまでなった坂田山心中みたいなものも有りましたが、「純愛」を少女趣味と考える戦後人間には、共感されなくなったようです。「二人の恋は清かった。神様だけが御存知よ」だと。こんなのオレも駄目だ。法政大学三曲会の男子って「性欲至上主義」が会員資格だもん・・・。
戦前には、心中やり損ないでワライモノになったダメージをバネにした森田草平・平塚雷鳥の様な人もいるんですが、私の子供の頃だと、仮に心中未遂が有っても、「思いとどまって良かったね」くらいなもので、それ以上の事はなかったでしょう。それにしても森田・平塚の「塩原心中未遂」や有島武郎と波多野秋子の「軽井沢心中」って理由は何ですかね？。同時代人でも首を捻ったんですから、私なんかにはサッパリ理解出来ませんや。「頭の中で観念を捻くり回した挙句」というのが通説ですが、そうなんでしょうかね？。森田草平は自分の心中未遂を『煤煙』という小説にして名を成しましたが、これは夏目漱石という後ろ盾が有ったからで、いわば「怪我の功名」でしょうよ。
ともかく私達の時代には、もう「親に反対されて」とか「頭で創った観念が理由で」とかはリアルティを持たなくなりました。まして「身分の違いで許されないから心中した」なんて聞いた事も有りません。自殺は個人ですが、心中は相手との合意が必要ですから、はるかに難しい。
これって結局何なんですかね？。時代の違いと言えばそれまでですが、それって具体的にどう違うのでしょうか？。

今の人って、そもそも思想とか抽象的な概念での悩みで、頭がテンパる事が有るんでしょうか？。私の学生時代には、なお学生運動が盛んでしたが、大方の人達は「遊び、学生時代だけの革命ゴッコ」だと思っていました。ヘルメットを被っていた連中の大半が、4年になればスーツ・ネクタイで普通に会社訪問をする事を疑いもしませんでしたね。その10年前、60年安保の時代だと少し違った様ですが、1970年頃には、もう国家も国民に豊かな生活を与えていましたし、各種の統治の仕組みも整備されて、学生が暴れたって微動だにしない強固な存在になっていました。
大雑把な印象ですが、人が抽象的な概念を深刻に考えなくなった時代は、高度経済成長期からで、そこから日本人の思考が変わった様に思います。私は文学部ですが、私の学生の時には既に、「無理に苦悩のタネをを創り出して悩む」といったタイプの私小説は時代遅れになっていました。そういう時代は、戦前に流行った文士達の、あらゆる自殺の理由も「精神疾患」で一纏めにしてしまう「神経の太い時代」でもあります。

私の頃の学生は、しばしば「家元制度反対」と言ってましたが、5、６年くらい後だと、専修大の三塚幸彦（今の泉州）みたいに、「家元制度って会社みたいなもので、それで利益を挙げてるからには、傍が反対とか言ったって何の意味も有りませんよ」と言う時代になりました。つまり、もう「空疎な理屈より実際にどうするか」が大切な時代に入っていたんですね。
私の頃の学生って「家元制度反対」を口にしてはいても、それは単にポーズで、その為の行動は何もしませんでした。でも、私の頃でも、先の見える尺八のプロ達は、既成の体制がどうであれ、それと関わりなく自分で道を探す方向を模索しました。家元体制に敵対したりもしません。「敢えて反対する事は無い。適当に上手く付き合えば良い」という姿勢です。大学邦楽部から尺八専業者になった邦山系のプロ達なんか、もろにそうでしょうが。なんせ見返りが大きい。都山流楽会、正派、宮城。これじゃあ上手く付き合って行こうと思うのが当然です。正派と宮城は筝曲会の2大会派ですが、旧家元達（私が言うのではなく、こういう組織名が有ったのです）の言う「新興会派」ですし、高度成長期に急拡大したので、入り込み易かったですね。
邦楽の家元制度は世襲、つまり家柄と昔からの付き合いが大切で、実力が重視される世界ではありません。言わば身分制の世界です。でも、旧家元組織からだってオコボレは有りますので、敵視する事も無いと思います。

「他人の扇動に乗ったり、頭の中で構築した観念に縛られたりはしない。現実に即した行動が何より大切」。そう言う時代に今はなっているのではないですかね。そして、それと尺八家としての志、その両立でしょうよ。尺八家なら個々に、それぞれが大切だと思うものを抱えています。でも、これは云える。家元体制に殉じて心中する人など、もはやいない。

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