邦星堂和楽器店ブログ

だいぶ昔の事です。４０年も前になりますか、松尾恵子先生の東中野のお宅に何度かお伺いしました。二代酒井竹保先生が松尾ファンで、是非大阪にお呼びしてリサイタルを開きたいという御希望が有り、私がその意向を受けて何度かお邪魔したというわけです。
松尾恵子といえば尺八嫌いで有名な方です。特に御夫君の清二先生がね、「地歌箏曲に尺八なんか入ったら絶対に良くない」という信念をお持ちでした。松尾清二といったら、気難しい、ウルサイ、コダワリの人、同業者の悪口を平気で言う、それが通り相場です。ナルホド、お会いして見ればその通り。ですが、私には優しかったですねえ。
「大橋さんと言いましたか、まだアナタには良く分からないと思いますが、地歌は糸の余韻が大切です。私達はそこに命を賭けているんだ。それを尺八が入ると消してしまうでしょう」。

私も松尾先生が尺八と合奏したのを聴いたのは１回だけです。１９７５年に五世荒木古童先生がアメリカから一時帰国したおり、農協ホールでリサイタルを開きましたが、そこで松尾恵子、上野和子両師と合奏しました。曲はたしか「千鳥の曲」だったと記憶しています。
私がお願いした酒井先生の件は、一度は御承知いただけたのですが、結局、「ごめんなさい、やっぱりどうしてもイヤなんです」と恵子先生に断られてしまいました。

恵子先生の演奏は、師匠である宮城道雄にそっくりです。勿論私は宮城道雄はレコードでしか知りませんが、コピーと言えるくらいに似ています。それもあって、松尾先生の演奏会に行くと、いつも宮城会の有名人達が、マスクやサングラスで顔を隠して聴きに来ていたものです。
宮城道雄の没後に、宮城会内部で熾烈な奪権闘争が有った事は良く知られています。その結果、小野衛派が出て行きましたが、その時に、松尾先生や森雄士先生のように、どちらとも袂を分かった人達もいました。その後遺症で宮城会の人は顔を出しては来難くかったのでしょう。

松尾清二先生は「ここはこう、そこはこう」という具合に、地歌や箏曲にかなり厳密な解釈を持ちこんでいました。クラシックですと作曲者の意図は譜面に指示されています。でも清二先生のは後付け解釈であり、言ってみたら都山流本曲の「基本型」みたいなものです。
それが本当か嘘かは芸術解釈ですから、まあ置いておくとして、「基本形」の方は「そう解釈した経緯」を生前の高平艟山先生が長く「楽報」上で解説していましたから、真偽はともかくとして良く理解できました。清二先生の方は良く分かりません。接した時間も短いし、何より大して地歌の分かっていない私ですからね。

尺八の古典本曲でもそうですが、一節ごとの意味を解説なんて出来るものなのでしょうか？でも譜面化しないだけで「基本形」に類するモノは有りますよね。青木型、横山型とか、それぞれに存在しています。その中でも横山勝也型の「海童道曲」が一番「言語化」できているように私は思うのです。
だからこそ外国人にも講習しやすいのだと思います。手の移行に関しての必然関係だけをとっても合理的で分かりやすいですし、古屋さんなんかの教授を側から見ていますと、「歌う」ので実に良く外国人にも伝わると思います。
もう練習とは「ひたすら吹け」では無いし、「曲の心」もタブラチュア型の譜面を使うハンデイが有っても、外国人にも伝えられるまでになりました。これって「理屈を言う前に吹け」では通用しない時代が到来したという事です。

尺八を世界に広げる基礎条件が整いつつあります。その工夫・努力をした人達のおかげですよ。地歌・箏曲や古典本曲が細部にまでわたって意味付けが出来るとは私も思いませんが、全く無いってのもね、そこをどう伝えるかで、その点でも今の尺八家って優れた人が多くなりました。