孫子
- 2016/02/29
- 17:29
私が尺八屋を開業してしばらくは、送った尺八を返品される事が多く、ダイタイ3割か4割有りましたねえ。送っても送っても尺八は製作が間に合わない状態でしたから、返品自体は一向に構わなかったのですが、いったいプロ製管師の返品率ってどのくらい有るのだろうと疑問に思いました。社中に入り込むかして、師匠を通して弟子に売ってもらうケースでは返品の可能性はグンと低くなりますが、フリーの一見客に売った場合です。その頃...
夢は続く
- 2016/02/28
- 22:48
村治という大阪を中心にした小流派が有ります。都山から分離したのが上田流ですが、その上田から分離した流派です。上田流は開祖の上田芳憧先生が穏やかな人柄だったので、そんなに締め付けが有ったとは思えませんが、それでも人間の集団ですからマアいろいろ当事者でなければ分からない事も有るのでしょう。上田からは菊水流や敷島流とかも独立しています。20年ほど前、ここの当主の村治虚憧先生は私の事を気にかけて下さり、励...
古管を復元
- 2016/02/27
- 22:29
古い尺八って何故残っていないのでしょうか?奈良の正倉院に8本の古代尺八が保存されている事は良く知られています。あと法隆寺に1本有って、今は国立博物館に入っています。ここまでは良いのです。それから八百年もの間、おびただしい尺八が使われていたはずなのに、実物が残っているという話は聞きません。「古い」という伝承の尺八も科学鑑定を受けると多くは江戸時代を遡りません。一つには竹なので、今ひとつは、古い時代に...
尺八の生きやすい時代
- 2016/02/26
- 18:09
昔も私の経験の範囲では、尺八の専業演奏家として生きやすい時は無かったように思います。30~40年前の民謡ブームの時には、「こんな程度で」という様な人達が専業化していましたが、唄の弟子が多くいただけで尺八の弟子だけでは生活できませんでした。その頃に私は尺八製作でデビューしましたが、当時の民謡が市や郡単位で有った「民謡00連合会」に行くと、チョット圧倒されるほどタクサンの人がいました。気楽な事は古典邦...
戻り道
- 2016/02/25
- 22:53
専業虚無僧の野入虚彗は私の大学の2年後輩で、1977年から81年まで4年間インドで生活しました。乞食に毛の生えた様な暮らしですが、それでも当時で月に4万円かかったと言います。日本でも月8万から10万で暮らせましたが、まあ、まだ円が1ドル240円程度でしたし、インドのルピ―も今みたいに1ルピーが2円もしないのではなく、30円くらいしていましたからね。帰国後に、インドで住んでいた、当人が「家」と称する...
無銘尺八
- 2016/02/24
- 12:44
ネットで中古尺八オークションにかけられる現在では皆無ですが、20年くらい前まで、しばしば各地の古道具屋から「古い尺八が持ち込まれたんだが、どの程度の物か教えて欲しい」という電話が有りました。原則として銘が有るから電話してくるのです。無銘尺八は、旧家の蔵から出ても、古道具屋の買い取り価格は5~10本纏めて1万とか5千円とかだと言います。ダイイチ無銘だったら、電話で聞かれても分かりませんよ。古道具屋の...
バブル
- 2016/02/23
- 21:17
儚く消えた「バブル景気」。あれってイッタイゼンタイ何だったんでしょう?。私には特別実感が有りません。その渦中に、三橋貴風さんが100万円のギャラを貰ったとか、ネプチューンさんが一日の尺八演奏の仕事で200万円以上を手にしたとか、噂では聞いていましたが、自分の仕事としては実感が有りませんでした。それら法外な支払いをするのは、邦楽界の相場を知らない一般企業で、演奏家でない私達とは無縁でしたな。一度バブ...
今昔語り
- 2016/02/22
- 22:26
イラン革命からもう37年たつんですね。イランのパーレビ国王はトルコに習って、イスラム教を国政から排除して近代化をなそうとして失敗しました。王政、それも専制王政のもとでの近代化が可能かどうかはヒトマズ置くとして、まさか中途半端にでも近代化していた国家が革命、しかも共産主義革命ではない革命で転覆するとは思いもしませんでした。イスラム革命の前のイランは、豊富なオイルマネーに支えられ、都テヘランの美しさや...
後ろ盾
- 2016/02/21
- 20:45
中国人は金(キン)を買い貯めるとか聞きました。ユダヤ人は宝石に財産を変えるそうですな。そうしておけば、イザという時に身ひとつで逃げられるからだと言います。真実だと言ってるんじゃなくて、いかにも有りそうな話だと思います。たぶん本当にそうしていた時代も有ったのでしょう。金(カネ)なんか状況によっては信用出来ない、そこへいくと金(キン)や宝石は値打ちが変らないし、何処でも換金できる、そういう考えも有り得...
古本屋
- 2016/02/20
- 22:05
50年前には高田馬場から早稲田大学の正門前(だけど正門って無いですよ)までの約2キロの道筋に古本屋が30~40軒は有ったものです。私が中学2年の1964年に地下鉄東西線が開通しましたが、その前はバス。もっとも雨でも降らないかぎり、時間の惜しい行きはともかく、帰りは歩いたものです。歩きながら古本屋をひやかすわけです。金の無い中学高校生ですから買うのは文庫本、腹が空いていれば一楽あたりで50円の湯麵を...