全部間違い
- 2019/04/04
- 10:03
北京でも「世界チャンピオン」岩田卓也のファンは多く、マンツーマンレッスンを希望する人がつめかけ、スケジュールが一杯になっても、諦めきれない人が「何処かに空きは無いのか?」と食い下がるほどの人気でした。けど彼だって、これ以上入れたら「体が持たない」というラインまで働いていました。何しろ私と弟子2人は、仕事の合間にチョット、天安門とか故宮とか行きましたが、岩田さんは文字通りの「カンズメ」でした。
彼のレッスンは問答無用の技術力を、まず見せつけて、相手の信頼を得ると言うやり方です。「貴方の吹き方はこう」、そして、そっくりに吹いて見せる。そして「これだと、ここまでしか出来ない。それ以上のステップにするには、ここを変えるのです」。そして、またやってみせる。そして相手にやらせると、短時間でみるみるうちに改善。それも誰でもがはっきり自覚できるほどの改善ぶりです。だから、レッスンを受けた人がイッペンで信奉者になる、圧倒的説得力です。
彼と話すと、私にも覚えが有る所が多々あり、とても面白かったのです。私も40年前、尺八作りを始めるに当たって、製作ノウハウは秘密にされていたので、それでも出ていた何冊かの「製作解説本」を読みましたが、すぐ内容的には素人でも見当がつくレベルの事しか書いて無い事が分かりました。当り前と言えば当り前。「素人に思いつけないノウハウ」なんて、はじめから無いんですもの。
そこで中古管や壊れた尺八を貰ってきて、それを分解するところからスタートしました。そこで知り得た仕組み等を何人もの製管師に話してみると、誰もが皆、何十年もやってきて統計すら採っていない事を知り驚きました。「そんな気がする」のレベルですから、その裏付けの為の実験もしないので、多くは、総サンプル数の少ない個人レベルの記憶の範囲を出るものでは有りません。最初はオトボケかと思いましたが、すぐに、そうでない事が分かり驚きました。「こんな程度の認識でやってんだ。だから他人に教えないんだ。すぐ真似されて同業者が増えちゃうもんな」。事実、当時は修行1年で、売れっ子製管師になってる人が複数いる事すら、ひた隠しにされていたんですぜ。
こういう世界でしたから、パートナーとして三塚さんを誘うにあたって、「俺達が組んだら製管業界に大変な事が起こる」と真剣に思っていましたが、未来形でなくなるのに2年もかからなかったのは、新技術を重んじる改革の力。でも、ただそれだけでなく運や先人達の御助力も有ったと今では分かります。でも、たとえ運が悪かったにせよ、2年が5年になってただけで、結果は同じだったと思います。オレと三塚だから?そうでなく、相手が40年前の製管業界だからです。
勿論、当時でも真山をはじめとする竹仙系の上位の人達は尊敬していました。だけど、「尺八の科学的認識では俺達の方がズット上」だと思っていました。だって、「竹によって音が違う」とか「下手な人が吹くと歌口が狂う」とか「吹き込むと段々と竹の構造が変わって音も変わる」だとかの、実証出来たらノーベル賞レベルの迷信を彼らの口からすら聞いたんですもの・・・。
そう、「前人の言う事は全部間違っている」。この認識から私の仕事は出発しました。それからは「これは本当だ」の発見も珍しくなかったのですが、話してみると、今の一流製管師で師匠無しの人は、たいがい同じ思いをしているみたいですよ。私や三塚さんみたいにハッキリ口に出さないだけで・・・。
他人にどう採られようと別に構いませんが、これって師匠や先人の軽視とはチャイっまっせ。師匠の知識とか技術を越えていけない世界は終わりなんどす。貴方だって上司や師匠に表面上は全面的に服従していたって、それは立場上の事で、心の中は別でしょうが・・・。
それで本題。岩田さんの尺八吹奏指導方。まず「前人の言ったことの大半は誤り」。そこを正すところから始めるレッスンの骨子。
① 息は口を大きく開けて吸うんですよ。鼻から吸っている笛の奏者なんていませんよ。
② 「下腹に力を入れる?」。それって何の為? 良い音を出すためにはリラックスして力を抜く。
③ 背中を丸めては駄目。正面をむいて胸を張って吹く。初代都山は正しく認識していた。
④ 息はどの角度であれ歌口の息の当たる所に対して真っすぐ。
⑤ 指や口の位置は重要。尺八のセオリーは他の笛の セオリーと基本的に同じ。
全スケジュールが終了して後の彼の感想です。
「いやー、教えていて僕も勉強になりました。邦山先生の甲乙をレッスン教材に希望する人が多かったのですが、エッ、こういうのもアリか、っていう日本人では吹けない解釈も有りましたし、楽しかったです。こういう若くて上手な人が、こんなに沢山いるんですから先が楽しみですね」。
そうなんよ。その上手な人が中国各地で教室を開く。その為の正しい吹奏方の伝授が今の段階。そうすれば広大な中国各地で、楽器として尺八を吹ける人が「ネズミ算」的に増える。だから現在は「夜明け前」。
「夜明け前が一番暗い」って、そうですか?だったら、もう中国では暁が見えてます。
彼のレッスンは問答無用の技術力を、まず見せつけて、相手の信頼を得ると言うやり方です。「貴方の吹き方はこう」、そして、そっくりに吹いて見せる。そして「これだと、ここまでしか出来ない。それ以上のステップにするには、ここを変えるのです」。そして、またやってみせる。そして相手にやらせると、短時間でみるみるうちに改善。それも誰でもがはっきり自覚できるほどの改善ぶりです。だから、レッスンを受けた人がイッペンで信奉者になる、圧倒的説得力です。
彼と話すと、私にも覚えが有る所が多々あり、とても面白かったのです。私も40年前、尺八作りを始めるに当たって、製作ノウハウは秘密にされていたので、それでも出ていた何冊かの「製作解説本」を読みましたが、すぐ内容的には素人でも見当がつくレベルの事しか書いて無い事が分かりました。当り前と言えば当り前。「素人に思いつけないノウハウ」なんて、はじめから無いんですもの。
そこで中古管や壊れた尺八を貰ってきて、それを分解するところからスタートしました。そこで知り得た仕組み等を何人もの製管師に話してみると、誰もが皆、何十年もやってきて統計すら採っていない事を知り驚きました。「そんな気がする」のレベルですから、その裏付けの為の実験もしないので、多くは、総サンプル数の少ない個人レベルの記憶の範囲を出るものでは有りません。最初はオトボケかと思いましたが、すぐに、そうでない事が分かり驚きました。「こんな程度の認識でやってんだ。だから他人に教えないんだ。すぐ真似されて同業者が増えちゃうもんな」。事実、当時は修行1年で、売れっ子製管師になってる人が複数いる事すら、ひた隠しにされていたんですぜ。
こういう世界でしたから、パートナーとして三塚さんを誘うにあたって、「俺達が組んだら製管業界に大変な事が起こる」と真剣に思っていましたが、未来形でなくなるのに2年もかからなかったのは、新技術を重んじる改革の力。でも、ただそれだけでなく運や先人達の御助力も有ったと今では分かります。でも、たとえ運が悪かったにせよ、2年が5年になってただけで、結果は同じだったと思います。オレと三塚だから?そうでなく、相手が40年前の製管業界だからです。
勿論、当時でも真山をはじめとする竹仙系の上位の人達は尊敬していました。だけど、「尺八の科学的認識では俺達の方がズット上」だと思っていました。だって、「竹によって音が違う」とか「下手な人が吹くと歌口が狂う」とか「吹き込むと段々と竹の構造が変わって音も変わる」だとかの、実証出来たらノーベル賞レベルの迷信を彼らの口からすら聞いたんですもの・・・。
そう、「前人の言う事は全部間違っている」。この認識から私の仕事は出発しました。それからは「これは本当だ」の発見も珍しくなかったのですが、話してみると、今の一流製管師で師匠無しの人は、たいがい同じ思いをしているみたいですよ。私や三塚さんみたいにハッキリ口に出さないだけで・・・。
他人にどう採られようと別に構いませんが、これって師匠や先人の軽視とはチャイっまっせ。師匠の知識とか技術を越えていけない世界は終わりなんどす。貴方だって上司や師匠に表面上は全面的に服従していたって、それは立場上の事で、心の中は別でしょうが・・・。
それで本題。岩田さんの尺八吹奏指導方。まず「前人の言ったことの大半は誤り」。そこを正すところから始めるレッスンの骨子。
① 息は口を大きく開けて吸うんですよ。鼻から吸っている笛の奏者なんていませんよ。
② 「下腹に力を入れる?」。それって何の為? 良い音を出すためにはリラックスして力を抜く。
③ 背中を丸めては駄目。正面をむいて胸を張って吹く。初代都山は正しく認識していた。
④ 息はどの角度であれ歌口の息の当たる所に対して真っすぐ。
⑤ 指や口の位置は重要。尺八のセオリーは他の笛の セオリーと基本的に同じ。
全スケジュールが終了して後の彼の感想です。
「いやー、教えていて僕も勉強になりました。邦山先生の甲乙をレッスン教材に希望する人が多かったのですが、エッ、こういうのもアリか、っていう日本人では吹けない解釈も有りましたし、楽しかったです。こういう若くて上手な人が、こんなに沢山いるんですから先が楽しみですね」。
そうなんよ。その上手な人が中国各地で教室を開く。その為の正しい吹奏方の伝授が今の段階。そうすれば広大な中国各地で、楽器として尺八を吹ける人が「ネズミ算」的に増える。だから現在は「夜明け前」。
「夜明け前が一番暗い」って、そうですか?だったら、もう中国では暁が見えてます。
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