昔の遺伝学では「遺伝の定着」と「個体変化は遺伝しない」という相互に矛盾する2つのテーゼの説明に、苦慮した時期が有ったと聞きます。たしかにネズミの尻尾を親子代々切り取っても、尻尾の無いネズミは生まれませんや。今は種の遺伝子に、突然変異が頻繁に起きている事が確認されていますから、不思議でも何でも有りません。そこで環境に適応出来た変化が、次につながる分けですな。「適者生存」です。
そういった意味で尺八にも、過去に何回か劇的とも言える変化が起きてきました。
古代の尺八は6孔でしたが、現在は基本形が5孔。この変化も見逃せません。現在は7孔も有りますが、尺八吹きの1割以上2割未満と言ったところで、将来的には、むしろ3孔と4穴の間に穴を穿つ6孔尺八が主流型になるような気がします。でも同じ穴6つでも、古代尺八とは配孔が違います。
また、時代の特定は難しいのですが、明治の終り頃から大正期にかけて、尺八の内部に下地を入れる事が始まり、当初は「竹の皮を被った泥管」と揶揄されたものの、たちまちにして「地無し管」を少数派の境遇に追いやってしまいました。
結局のところ尺八とは、私は「歌口を外から切る」、そして「覗けば向こうが見える」、この2点だけだと思っています。節の数、手穴の数、材質等、何であっても構いません。これらは、いずれも本質からは遠い。
ですから、歌口を内側から削る、たとえば洞簫とかケーナは尺八ではありません。また、「曲管だから向こうが見えない」とかでなく、何らかの装置の挿入された笛も、尺八とは思えないのです。吹き口を閉ざし、向こうが見えないクラリネット。奇数次倍音しか出ない事は広く知られています。ですから「うつろ」に感じましょう。吹き口に息の通りを作って、やはり向こうが見えないリコーダーは倍音が少なく、音がピュアです。尺八は偶数次倍音も豊富に含んでいますから、音色が複雑で「癒される感じ」がします。言うまでも無いけど、優劣とか良否ではないんですよ。それぞれの楽器の個性について言っているのです。
台湾で歌口の研究実験を見た事が有ります。同じ尺八で歌口だけ替える、つまり内側削りタイプと外側カットタイプに交換できる、するとどうなるか? 倍音メーターを使用して説明してくれましたが、そこでの実験に限って言うと、外側カットは音量が大きいし、メリカりと付随動作が容易。内側削りは音量バランスが良く、吹き手による音程差が少ない。そういう感じでした。
これまで、何本か台湾の友人からの依頼で、歌口を内側から削ずった尺八を作りましたし、今も何本か注文を抱えています。でも、製作意欲が湧きません。友情と金の為にやっているだけですわ。だって、「違うモノ」なんですよ。台湾の友人は、高名な洞簫の演奏プロなので、「洞簫の下地調律品」が出来れば、台湾や中国本土で大きな市場性が期待出来る」と言いますが、やはり洞簫の歌口に適した内径調律は、尺八とは別に有ると思います。ですから、前記の実験も「参考程度」なのです。だって、内径が尺八なんですもの。
それもヒックルメタ変化が今起きています。3Ⅾプリンターの採用です。これが「内径下地調律」以来、約百数十年ぶりに尺八に起きた、突然変異だと思います。
3Ⅾ尺八の実験販売を重ねて様々な事が確認できました。歌口の深浅、アゴの落し、これらは吹奏プロによって皆言う事が違う、場合によって真反対です。音程もノンコントロールでは、吹き手によっての差異がヒドイ。でも、これらは「確認」であり、すでに分かっていた事ですから、言わばデモストレーションであり、本来の意味の実験エクスペリメントではありません。
では3Ⅾ採用による画期的な変化点は?。それは、内径調律の簡便化。でも、それだけであれば40年も前から、竹の内部にプラスチックを流し込んだ尺八が売られています(竹の皮を被ったプラ管)。
3Ⅾが画期的なのは「誰の吹奏タイプにも対応可能」な事です。この事は吹き手の認識も高めます。「吹奏楽器はノンコントロールでは吹き手によって音程に差が出る」。この当然の事すら、尺八吹きの大半は知りません。トロンボーンで、同じ位置のピッチで音程が吹き手によって異なっても、「この楽器は音が狂っている」と言った人は、寡聞ながら私は知りません。尺八も精密内径で吹き手に合わせたタイプ別品も出せるとなると、やがては「尺八って吹き手で音程が違うんだ」という認識が共通のものになります。
そして、3Ⅾ尺八の更なる進化系として、今夏デビューする「竹製3Ⅾ尺八」。これが、しばらくは「最終変化」だと思います。
技術担当は林鈴麟さん。当初、ここで使用されるのは、ウチ吹きとソト吹きの差異をクリアした「林式内径バージョンⅩ」です。もう、ウチ、ソトと言ったって、「歌口を内側外側から削る差」だと思う人はいないわよねえ・・・。20年前だと、まだ「内吹き外吹き」を「メリ吹きカリ吹き」と混同する人は、製管師の中にすらいました。
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