夜明け前

中京地区の展示会も終わりました。3Ⅾ尺八が凄い人気で不安になりました。「今までの、どの尺八より鳴る」、「脅威的性能」とか言われたって、そんなの発売前から分かっています。コンピューター設計ですもの、「性能」にだけ焦点を当てたら、そんなの当り前じゃないですか。
「個人の好み」とかはついて回りますが、それ以前に実験販売ですよ、せめてプロ演奏家は実験にふさわしく難点を見つけて、指摘してくれなくては・・・。3月から本格販売の予定でしたが、どこでも完売、指摘無しの現状では、もう2か月実験を続けます。

その展示会の最終日、静岡で、久しぶりに縄巻修己さんがいらっしゃって、3Ⅾ尺八を2本買っていただきました。繩巻さんは、私と同じ大学クラブ出身（１９70年代にプロになった人のほとんどがそうです）で、私の1年下。でも広島大でしたから、私とは大学時代の交流は有りません。3年上だったと思いますが、上田流の最高演奏者・山本観山さんがいました。
山口大学の林鈴麟さんは、自分が苦心して出来るようになり鼻高々だった演奏を、繩巻さんが楽々やるので、一時は自信喪失したそうです。
彼のプロ尺八家としての年収は、私には推定できます。もっとも大体の人のは見当がつきます。別に自慢にゃならないけど・・・。会話の中で言いましたら、否定も肯定もしませんでしたが、と言う事は大体当たっていますよ。一口に言って、サラリーマンにとっては「何てことのない金額」。でもプロ尺八家としたら、かなり難易度が高い、東京でも何人も達成できていない金額です。
それを静岡県の中で稼ぐのですから、とてつもない偉業です。

その繩巻さんから示された動画、まさに驚天動地です。ユーチューブですが、Ｚac・Ｚinger（ザック・ジンガーと発音するんでしょうね）という若い人が5孔の尺八で「コルトレーン」を吹いています。超絶技巧だと言う事は私にも分かります。でも、私ですと、そのレベルが分からない。繩巻さんに訊きましたところ、「僕には出来ないレベル」だそうです。
チョット待ってください。だとすれば日本に出来る人はいるか？　尺八のコントロール能力でネプチューンの上？どうもそうらしい。、曲芸的手さばきの岩田卓也でどうか？　技術だけとは言え藤原道山なら対抗できるのか？　そういうレベルだと言う事ですよね。しかも相手は無名のアマチュア。ナルホド世界は広いわ・・・。

昭和の尺八界って、鎖国状態でした。まあ江戸時代中期。当時の日本と同じく、広い世界の情報は、一般の尺八吹きは、噂レベルで何となく知っていた程度です。良くも悪くも自己完結した世界でしたよ。そして最初の「黒船」はジョン・ネプチューン。もう尺八吹きを越えて、一般の人も「法被を着て尺八を吹く外人」と話題に載せる段階になりました。その尺八演奏能力は、当時の日本のプロの水準を遥かに超えていました。「現実から目を背けない人」には、はっきり「時代が進んだ」と認識されたのです。
でも、まだ維新は遠かった。言わば、藤村の『夜明け前』の世界です。
そして、平成の30年間で新時代が開かれ、続いて現在のインターネットが世界を駆けまわる時代になり、世界には、まだまだ途方も無い怪物がいる、その事を日々思い知らされています。そう、広い世界には驚異と新たな興味に満ちています。志さえ有れば、それを目の当たりに体験できる。良い時代になりましたなあ・・・。