古酒
- 2020/09/19
- 10:55
最近は寝酒に泡盛をチョクチョクやります。この季節は氷を入れてロックですかね。なにしろ忙しくて、もう20年以上も睡眠7時間半で頑張っています。「半」というのは夜の足らない分を昼寝で補っているからです。ですから熟睡する為に寝酒は欠かせません。
泡盛は、日本本土では私の若い頃には誰も飲みませんでした。「名前とか美味さが知られていなかった」という以前に、どこにも売っていませんでしたね。今大人気の焼酎ですら、東京周辺では、私の親の世代までは「ドカタの飲み物」でしたわ。せいぜい焼酎の味醂割り、通称「やなぎかげ」が一部の人に夏場の飲み物として愛飲されていたくらいですかね。あと私等、金の無い大学生が「甲類焼酎」をサイダーで割って「チューダー」と呼んで飲んでいました。マズイとは今も思いませんが、もう飲む気がしないです。
今年の夏、20年がかりで作った泡盛の古酒(クースー)を飲みました。20年前にアルコール度数43度の泡盛の1升瓶を買いまして、3分の1飲んで、あとは古酒にする為に、そのまま保存しました。「それで古酒になるのか?」って、知りませんよ、そんな事。どうせ遊び、シャレですよ。何もしないでホッタラカシテおけば良いんですから、話は簡単です。
「それでどうだったか?」ですって、美味かったですよ。でも20年前の味なんか憶えているわけがないでしょう。その自作古酒が美味かったと云うてるんです。
沖縄では、かつて古酒が豊富に保存されていたそうです。百年経った甕から1杯汲みだすと、そこへ80年の甕から1杯足して、80年の甕には60年の甕から、そうやって順繰りに新しい泡盛を足していったそうです。それが「沖縄地上戦で大半が失われた」と言いますが、75年経って、そろそろまた「数十年を経た古酒」が豊富に出回るのではないですかな。
島民の3割が犠牲になった沖縄地上戦では、食通で知られた尚順男爵も亡くなられましたが、在りし日の松山御殿で尚順自慢の古酒を振舞われた人の話では、「口に含むと、まるで水みたいだった」そうです。「水みたい」と言ったって、いいか粟田、テメエがガブ飲みしていた醸造アルコールを蒸留水で割った、味も素っ気も無い甲類焼酎とは違うんだよ。豊富なものを内在して、なおかつ「水みたい」という事でっしゃろ・・・。
よく「竹は何年くらい寝かせて尺八にするのですか?」と訊かれます。まあ3年から5年というのが製管師の公式答弁でしょうが、本当は「1年以上は寝かさないと怖い」が本音です。一流製管師で「竹によって1年以下でも大丈夫だよ」と言う人も多いのですが、このあたりは「人による」でしょうよ。
私は、40年前の創業時から、毎年竹を購入すると常に「取分け分」を残しました。性格的に「人の話を真に受けない」から、実験無しでは信用しないのです。ですから、「3年寝た竹は10年経った竹と、ほとんど差が出ない」との認識も実証の結果です。
去年の夏に、2001年に亡くなった増田州鳳さんの竹を2百本以上も買いましたが、使いずらくて仕方が無いです。10年以上たつと今度は逆に使いにくい、その事は既に知っていた事なので、それは良いのですが、「古い竹にも何か一つくらいは取柄が無いだろうか」と思い作っていますが、有りませんね。でも、それは製作上の事。商売としてみたら大有りです。「20年寝かせた竹で作った尺八です」と言うと喜ぶ人が多いのです。
ですから沖縄の古酒でも、我々の感覚では古いとは受け止められない3年寝かせた酒から古酒ですわ。アナタねえ、それもほんの数年前までは「3年物が半分以上ならば49%は新酒でも古酒」だったんですぜ。こういう事が横行すると「全体の信用が揺らぐから」ですか?なるほど「ほとんどの人には分からない」で、高額の粗悪品を売りまくって、他の業界の人からは、すっかり信用を落とした業界も有りましたっけ。
今は様々な情報ネットワークと、どんな分野でも「分かる人」が多くなったせいで、誤魔化しが通用しにくくなった有難い時代ですな。でもねえ・・・。
今は泡盛も、「ブレンドすると新しい酒に表記を合わせる」となっています。だとすると「百年物から1杯くんで、80年から1杯足す」はどうなるんでしょうか?野放しにすると「百年1割り、80年も1割、その下も順繰りに1割、最後の新酒だけ9割」を行う業者が出かねないですもんね。
尺八も、これからは古い竹が主流になりますぜ。だってもう新しく掘る人がいませんもの。ある程度売れている人も、これまで蓄えた竹材で間に合わせています。そして竹材を抱えて廃業する製管師は、ここしばらく続々として出ますよ。
泡盛は、日本本土では私の若い頃には誰も飲みませんでした。「名前とか美味さが知られていなかった」という以前に、どこにも売っていませんでしたね。今大人気の焼酎ですら、東京周辺では、私の親の世代までは「ドカタの飲み物」でしたわ。せいぜい焼酎の味醂割り、通称「やなぎかげ」が一部の人に夏場の飲み物として愛飲されていたくらいですかね。あと私等、金の無い大学生が「甲類焼酎」をサイダーで割って「チューダー」と呼んで飲んでいました。マズイとは今も思いませんが、もう飲む気がしないです。
今年の夏、20年がかりで作った泡盛の古酒(クースー)を飲みました。20年前にアルコール度数43度の泡盛の1升瓶を買いまして、3分の1飲んで、あとは古酒にする為に、そのまま保存しました。「それで古酒になるのか?」って、知りませんよ、そんな事。どうせ遊び、シャレですよ。何もしないでホッタラカシテおけば良いんですから、話は簡単です。
「それでどうだったか?」ですって、美味かったですよ。でも20年前の味なんか憶えているわけがないでしょう。その自作古酒が美味かったと云うてるんです。
沖縄では、かつて古酒が豊富に保存されていたそうです。百年経った甕から1杯汲みだすと、そこへ80年の甕から1杯足して、80年の甕には60年の甕から、そうやって順繰りに新しい泡盛を足していったそうです。それが「沖縄地上戦で大半が失われた」と言いますが、75年経って、そろそろまた「数十年を経た古酒」が豊富に出回るのではないですかな。
島民の3割が犠牲になった沖縄地上戦では、食通で知られた尚順男爵も亡くなられましたが、在りし日の松山御殿で尚順自慢の古酒を振舞われた人の話では、「口に含むと、まるで水みたいだった」そうです。「水みたい」と言ったって、いいか粟田、テメエがガブ飲みしていた醸造アルコールを蒸留水で割った、味も素っ気も無い甲類焼酎とは違うんだよ。豊富なものを内在して、なおかつ「水みたい」という事でっしゃろ・・・。
よく「竹は何年くらい寝かせて尺八にするのですか?」と訊かれます。まあ3年から5年というのが製管師の公式答弁でしょうが、本当は「1年以上は寝かさないと怖い」が本音です。一流製管師で「竹によって1年以下でも大丈夫だよ」と言う人も多いのですが、このあたりは「人による」でしょうよ。
私は、40年前の創業時から、毎年竹を購入すると常に「取分け分」を残しました。性格的に「人の話を真に受けない」から、実験無しでは信用しないのです。ですから、「3年寝た竹は10年経った竹と、ほとんど差が出ない」との認識も実証の結果です。
去年の夏に、2001年に亡くなった増田州鳳さんの竹を2百本以上も買いましたが、使いずらくて仕方が無いです。10年以上たつと今度は逆に使いにくい、その事は既に知っていた事なので、それは良いのですが、「古い竹にも何か一つくらいは取柄が無いだろうか」と思い作っていますが、有りませんね。でも、それは製作上の事。商売としてみたら大有りです。「20年寝かせた竹で作った尺八です」と言うと喜ぶ人が多いのです。
ですから沖縄の古酒でも、我々の感覚では古いとは受け止められない3年寝かせた酒から古酒ですわ。アナタねえ、それもほんの数年前までは「3年物が半分以上ならば49%は新酒でも古酒」だったんですぜ。こういう事が横行すると「全体の信用が揺らぐから」ですか?なるほど「ほとんどの人には分からない」で、高額の粗悪品を売りまくって、他の業界の人からは、すっかり信用を落とした業界も有りましたっけ。
今は様々な情報ネットワークと、どんな分野でも「分かる人」が多くなったせいで、誤魔化しが通用しにくくなった有難い時代ですな。でもねえ・・・。
今は泡盛も、「ブレンドすると新しい酒に表記を合わせる」となっています。だとすると「百年物から1杯くんで、80年から1杯足す」はどうなるんでしょうか?野放しにすると「百年1割り、80年も1割、その下も順繰りに1割、最後の新酒だけ9割」を行う業者が出かねないですもんね。
尺八も、これからは古い竹が主流になりますぜ。だってもう新しく掘る人がいませんもの。ある程度売れている人も、これまで蓄えた竹材で間に合わせています。そして竹材を抱えて廃業する製管師は、ここしばらく続々として出ますよ。
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