私は30代の初めの何年か、あるハンガリー人ピア二ストのファンクラブというか後援会というか、まあそういうものに入っていました。クラシック音楽が好きになったのは20代の終わりですかね。聴いて楽しむというタイプで、知識とかには興味が無かったので、レコードの解説とかも、あまり読みませんでした。
当時、大学生の始めた黎紅堂などの「貸しレコード屋」というビジネスが大当たりしていて、私も大いに利用させてもらいました。すぐレコード会社の圧力で潰されましたがね。それと云うのも、私みたいな「若き高額所得者」にだってレコードは高すぎましたよ。ですから借りてきてカセットテープに落とすんです。はっきり覚えていませんが、40年前ですから当時のⅬPレコードは3千円。それが3百円の借り賃とカセット代で済みますから、たぶんレコードを購入する4分のⅠくらいの費用でしたでしょう。聴いてるうちに、気が付けばピアニストのファンクラブに入っていました。
その会は入れ代わり立ち代わりで30人位でしたが、2人のプロピアニストを除いて、私以外はいわゆる「クラシックオタク」。それもキの字の領域に入っていた人が多く、どういうわけか2人のプロとオタクは会話せず、どちらとも話していたのは私一人です。私ってクラシックについて知らない事ばかりでしたから、どちらの話も多大な興味がもてました。
私が法政大学三曲会にかかわった14年間で、ある程度の音楽知識を持つ人間は1人もいませんでした。私の1年上の木稲、村上と言った先輩方の音感や感性は今でも尊敬するばかりですし、その他、それなりに音感の良い者は2,3年に1人くらいでいたのです。9年後輩の田中恥山みたいに限りなく「プロの可能性」を感じさせる人間もいましたが、いずれも知識、理論には関心が無かった。クラシック音楽だって若松、山下とファンもいたのですが、これも高校の吹奏楽部の普通の部員という段階で、それ以上の事は追求しなかった。だからこそ邦楽クラブにいたとも言えるし、また、それで何の不具合も無かったわけです。邦楽を演奏する上で、「楽理の探求なんて何の必要も無い」と言えば言えますもんね。
「クラシックオタク」の中に入ってみて驚きました。いやはや筋金の入ったオタクって凄いですね。何を訊いても正確に答えられる人達がいる。だからこそプロとは相互に敬遠する関係になったのでしょう。プロと言ったって仮にもピアノのプロですからね、音楽の専門学校で楽理を学んできています。でも今なら分る。それって「知識」なのですよ。オタクと比べて、どっちが上とか深いとかでなく、微妙な温度差とでも言うものが有るのです。オタクにはプロに反論したい事は多々有るでしょうし、プロは「それがどうした。オレらは実演で喰ってるんであって、知識に食わせてもらってんじゃない。しょせん理論は後追いだ」というところです。もっと大きいビジネス構造を持ったガチ芸能、たとえばジャズ、ロックとかブラックミュージックあるいは歌謡曲、ポピュラーだったら、「そんなこと言うまでも無い」となるんですけどね・・・。
オタクの集まりでしたから、会話は悪く言うと「知識比べ」、でも私は皆の話を聞く一方でしたから楽しかったですよ。それに皆も、私が邦楽の世界の人間だからって、仲間外れにせず、親切にしてくれましたしね。私は私で、たまに訊かれると尺八の構造を説明する事もありましたし、邦楽の視点から伝えられる事も少なくなかったです。
でも感じたんですわ。「この人達ってクラシックが頂点、基準という感覚の上でしか、他の音楽の価値を認めたくないんだ」って。でも、それをアカラサマにするほど幼稚でも未熟でもなかったですけどね。
「異なる価値観の中で自己完結した文化や芸術は相互に優劣や高低を論じられない」という文化人類学の前提は前提として、それとは別に、どんなものにも優れた点と改善した方が良い所は有ります。ですから、尺八製作家の私は、そこの部分を主に参考にしました。そしたら、何時しか「見習う存在」から先輩尺八製作家は消えていました。代わって、例えばフルートの歴史を変えたテオバルト・ベーム。
尺八の親類、フルートは通常筒音はⅭですから2尺管の尺八と同じです。でも3オクターブ出ます。「音域が広ければ良いわけじゃない」という意見は置いといて、私が尺八を始めた頃は1尺8寸(筒音Ⅾ)で2オクターブ上のEまでしか使いませんでした。レの大甲Gは古典本曲の一部、人気曲では『赤壁の賦』くらいですかね。チの大甲Aは出した事無いですよ。3オクターブは夢のまた夢。有り得ないと思っていました。
音域が広いだけでなく、フルートはオクターブ高いピッコロやリコーダーより、はるかに音程の安定確保が出来ます。尺八には存在して西洋吹奏楽器にいない人、「この楽器は音程が狂っている」。今は時間の無駄ですから、説明しても分からない人には別に反論しないですが、それでもフルートなんかは出来るだけ個人的な吹き癖が音程に反映されないように工夫した歴史があります。金属に変わり「他の楽器だと合うぞ」と言う人も原理的にいないですからね。
菅原久仁義、藤原道山といった現在のプロ尺八家は、レ大甲の1オクターブ上まで出せる様になりました。「出せたって使い道がないじゃないか」というより、「出る」のですから可能性が広がったと捉えた方が良いと思います。レ大甲の1オクターブ上は3136ヘルツ(A=440として)です。現在の88鍵盤ピアノの最高音4186ヘルツまで、なおまだ間が有ります。だったら、そこまで使えた方が良いと思いませんか。
そういう尺八を研究開発しました。次のブログで構造を写真ともども公開します。
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