無理しない
- 2022/12/12
- 09:32
蕎麦でも寿司でも、若い頃は「一人前」だと到底足らず、「どうしてこれが一人前なんだろう?」、と思いました。男なら誰でも頷くでしょう。これが70過ぎて、いくらか理解出来る様になりしました。
夏目漱石の『坊ちゃん』だと、天婦羅ソバ4杯が坊ちゃんの適量で、でも生徒からは「4杯は多過ぎぞな」と嗤われたそうですから、やはり4杯だと食べ過ぎなのでしょう。同じ漱石の『吾輩は猫である』では、中年の迷亭でも昼食はモリソバ2杯ですし、田山花袋の『田舎教師』では、たいして頑健でも無い青年がソバ3杯ですから、「一人前」の量は現在より、だいぶ少なかったのでしょう。浅草雷門の並木藪に行くと分かります。それと、何故江戸前のソバはツユを少ししかつけないかも。辛いツユですから、ドップリ付けたら美味くない。その昔はソバや寿司は、ベトナムのフォーみたいに食事と言うより、小腹が空いた時にチョット食べる、言ってみたらオヤツみたいなモノだったそうですから、「一人前」は小さいのでしょう。
私は昔は20個は軽かった寿司も、今では10~12個(貫という言い方は70年代前半まで使わなかった)くらいです。でも今でも他人は「年のわりに大喰いですね」と褒めてくれます。大食いと言えば、プロレスラーって大食いだと思うでしょう。でも体が出来てからは、そんなに食べないものなんです。セイゼイ普通の大人の2人分(二人前ではなく)ですかね。でも若くて体が出来ていないうちは食べる食べる。私が若い頃、若手レスラー3人(大仁田、淵、伊藤)と中華料理のテーブルを囲みましたが、8~10人用のフルコースを4人で食べて、私は「もう入らない状態」になりましたが、驚いた事に、また同じコースが再び出てきました。焼肉で15皿、寿司なら150個くらい食べますよ。もちろん他人に奢ってもらう時に限りますが。我々普通人が根性を見せようと本気で付き合ってたら死にます。あと私が飲食で「生命の危機」を感じたのは、若い時にロシアに行って、現地のロシア人やキューバ人達と一緒にウオッカを飲んだ時です・・・。
力士やプロレスラーは「食べるのも稽古のうち」と云うように、若い時に無理して食べて胃を大きくします。これって実は相当に健康上の害が有りまして、私のボスのマシオ駒は25で腎臓を病み長期の入院。でも医師によれば、その後も少しずつ進行してたらしく、35で死んでしまいました。古い人達の中にはミスター珍という「コミックプロレスの名手」を憶えている方もいらっしゃると思います。週3透析の一級障碍者でありながら60過ぎまで現役を務めましたが、実は30ソコソコで1度引退して芸能界に入っています。すぐ生活出来なくなり、「1試合5千円で良いから(昭和40年当時では最低)」と言って復帰しました。この引退の原因も食べ過ぎによる胃潰瘍が原因です。何しろ「無理に詰め込み、食べ物が喉まで溢れた」って言いますから。力士なら引退する30歳で痛風、高血圧、糖尿病は珍しくないので、その後何十年も試合に出るプロレスは大変です。職業上の必要から、健康を犠牲にして、あのような体格を維持しているわけです。力士やプロレスラーの平均寿命は、普通人より、かなり短いです。
何によらず、不自然とか「やりすぎ」は良くないのでしょう。日本全般の発展を阻んだ「精神主義」とか「根性論」は、このところ聞かれなくなりました。代わって合理的な練習法や科学的トレーニングが重視されています。プロレスも力道山の死後2年も経つと「あのトレーニングは逆効果だった」と大っぴらに言われました。今時は尺八だって、昔し言われていたような非科学的な稽古を強いる師匠はいないでしょう。
尺八の場合は重要な臓器は肺でしょうが、これは胃と違い大量に空気を吸い続けても大きくはなりません。でもトレーニングで肺活量は大きく出来ます。また慣れると息の使い方も効率的になります。しかし悲しいかな、年齢が上がると肺活量も少なくなります。無理して食べて大きくなった力士やプロレスの胃も中年過ぎると小さくなるようなものですわ。
息を続けるため「腹式呼吸」だとか「横隔膜がどうの」とか聞きますよね。だけど、それって「耳学問」でしょう。言われて出来ますか?。簡単に今すぐ実行できる事が有ります。吹く時に体の何処にも力を入れない。「下腹に力を入れて・・・」、バカの言う事だと思いましょう。本当はそうでなくとも、とりあえずは、そう思いましょう。とにかくリラックスする事が一番肝心なのです。「腹式呼吸」って言わば睡眠時の呼吸法ですから、「無理してやってると副交感神経に異常をきたす」とも言われます。
肝心な事は吹くうちに追々、自然に身につきますって。「歌や尺八は体に良い」って言ったって無理して力んでいたら悪いに決まってるじゃありませんか。人間の体は長期の無理に対応できる様には出来ていないのです。
ですから無理に尺八を鳴らそうとする人が、逆に鳴らなくなるのは、息の吹き込みが強すぎるのです。尺八管内の空気は鳴っている時は、回転しながら伸び縮じみを繰り返しています。丁度、ツルマキバネをイメージすると良いでしょう。そこへ息を強く吹きつけると「フィードバック現象」と言うモノが起こり、戻ろうとする振動波が押しかえされて、正常に運動しなくなるのです。
何度でも言います。「息は口内圧力の押されて唇から漏れ出る」という感じです。「吹く」は、マアそうなんでしょうが、「吹き付ける」は逆効果です。
夏目漱石の『坊ちゃん』だと、天婦羅ソバ4杯が坊ちゃんの適量で、でも生徒からは「4杯は多過ぎぞな」と嗤われたそうですから、やはり4杯だと食べ過ぎなのでしょう。同じ漱石の『吾輩は猫である』では、中年の迷亭でも昼食はモリソバ2杯ですし、田山花袋の『田舎教師』では、たいして頑健でも無い青年がソバ3杯ですから、「一人前」の量は現在より、だいぶ少なかったのでしょう。浅草雷門の並木藪に行くと分かります。それと、何故江戸前のソバはツユを少ししかつけないかも。辛いツユですから、ドップリ付けたら美味くない。その昔はソバや寿司は、ベトナムのフォーみたいに食事と言うより、小腹が空いた時にチョット食べる、言ってみたらオヤツみたいなモノだったそうですから、「一人前」は小さいのでしょう。
私は昔は20個は軽かった寿司も、今では10~12個(貫という言い方は70年代前半まで使わなかった)くらいです。でも今でも他人は「年のわりに大喰いですね」と褒めてくれます。大食いと言えば、プロレスラーって大食いだと思うでしょう。でも体が出来てからは、そんなに食べないものなんです。セイゼイ普通の大人の2人分(二人前ではなく)ですかね。でも若くて体が出来ていないうちは食べる食べる。私が若い頃、若手レスラー3人(大仁田、淵、伊藤)と中華料理のテーブルを囲みましたが、8~10人用のフルコースを4人で食べて、私は「もう入らない状態」になりましたが、驚いた事に、また同じコースが再び出てきました。焼肉で15皿、寿司なら150個くらい食べますよ。もちろん他人に奢ってもらう時に限りますが。我々普通人が根性を見せようと本気で付き合ってたら死にます。あと私が飲食で「生命の危機」を感じたのは、若い時にロシアに行って、現地のロシア人やキューバ人達と一緒にウオッカを飲んだ時です・・・。
力士やプロレスラーは「食べるのも稽古のうち」と云うように、若い時に無理して食べて胃を大きくします。これって実は相当に健康上の害が有りまして、私のボスのマシオ駒は25で腎臓を病み長期の入院。でも医師によれば、その後も少しずつ進行してたらしく、35で死んでしまいました。古い人達の中にはミスター珍という「コミックプロレスの名手」を憶えている方もいらっしゃると思います。週3透析の一級障碍者でありながら60過ぎまで現役を務めましたが、実は30ソコソコで1度引退して芸能界に入っています。すぐ生活出来なくなり、「1試合5千円で良いから(昭和40年当時では最低)」と言って復帰しました。この引退の原因も食べ過ぎによる胃潰瘍が原因です。何しろ「無理に詰め込み、食べ物が喉まで溢れた」って言いますから。力士なら引退する30歳で痛風、高血圧、糖尿病は珍しくないので、その後何十年も試合に出るプロレスは大変です。職業上の必要から、健康を犠牲にして、あのような体格を維持しているわけです。力士やプロレスラーの平均寿命は、普通人より、かなり短いです。
何によらず、不自然とか「やりすぎ」は良くないのでしょう。日本全般の発展を阻んだ「精神主義」とか「根性論」は、このところ聞かれなくなりました。代わって合理的な練習法や科学的トレーニングが重視されています。プロレスも力道山の死後2年も経つと「あのトレーニングは逆効果だった」と大っぴらに言われました。今時は尺八だって、昔し言われていたような非科学的な稽古を強いる師匠はいないでしょう。
尺八の場合は重要な臓器は肺でしょうが、これは胃と違い大量に空気を吸い続けても大きくはなりません。でもトレーニングで肺活量は大きく出来ます。また慣れると息の使い方も効率的になります。しかし悲しいかな、年齢が上がると肺活量も少なくなります。無理して食べて大きくなった力士やプロレスの胃も中年過ぎると小さくなるようなものですわ。
息を続けるため「腹式呼吸」だとか「横隔膜がどうの」とか聞きますよね。だけど、それって「耳学問」でしょう。言われて出来ますか?。簡単に今すぐ実行できる事が有ります。吹く時に体の何処にも力を入れない。「下腹に力を入れて・・・」、バカの言う事だと思いましょう。本当はそうでなくとも、とりあえずは、そう思いましょう。とにかくリラックスする事が一番肝心なのです。「腹式呼吸」って言わば睡眠時の呼吸法ですから、「無理してやってると副交感神経に異常をきたす」とも言われます。
肝心な事は吹くうちに追々、自然に身につきますって。「歌や尺八は体に良い」って言ったって無理して力んでいたら悪いに決まってるじゃありませんか。人間の体は長期の無理に対応できる様には出来ていないのです。
ですから無理に尺八を鳴らそうとする人が、逆に鳴らなくなるのは、息の吹き込みが強すぎるのです。尺八管内の空気は鳴っている時は、回転しながら伸び縮じみを繰り返しています。丁度、ツルマキバネをイメージすると良いでしょう。そこへ息を強く吹きつけると「フィードバック現象」と言うモノが起こり、戻ろうとする振動波が押しかえされて、正常に運動しなくなるのです。
何度でも言います。「息は口内圧力の押されて唇から漏れ出る」という感じです。「吹く」は、マアそうなんでしょうが、「吹き付ける」は逆効果です。
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