代用品

1970年、私が2年になって、法政大学三曲会にも新しい部員が入って来ました。新入生だけでなく2年生から入った者達もいます。尺八では林（梅、オットット、嵐山）、覚張、箏の石原、金沢です。私になついて何かとマトワリつく林や覚張は鬱陶しいだけでしたが、同級生の石原や金沢の入会は嬉しかったですね。だって４，５人いた同学年の女の子が1年経ったらゼロになってましたもの。
1年後輩も3年生になったら高橋と内藤だけになりましたが、初めのうちは男女ともに多かったんです。その男のうち高橋（照誠山）、田中、長谷川の3人が学生寮住まいでした。法政大学は地方出の、おそらく初めて信号機や横断歩道とかを見た学生の為に、東京に慣れるまでの1年間だけ寮を提供していました。
寮は2人部屋で格安なのですが、食事がね。御飯は食べ放題なのですがオカズが少ないので、よくヤツラは３杯目の飯にマーガリンを乗せて掻き込んでいましたな。先輩である私は、憐れんで３月に1回くらいは、豪華中華料理のフルコースを奢りました。フランス料理でも良いのですが、彼等が初めて実物を見るナイフやフォークに、「凶器準備集合罪に問われないか」と心配して食欲を失うと見た。だからラーメンに半チャーハンと餃子3つ、正式なフルコースの様式通りデザートにミカン半分まで付いた、「ラーメンセット」なる中華フルコースの方が良いと思ったんですわ。人格者の私は感激に打ち震える彼等に言ったものです。「たったの120円もする食事くらいで、あまり恩にきるな」って。
だけど後で訊くと、高校時代の仲間にも御飯にマーガリンを乗せて醤油をかけて食べていたヤツが結構いたんです。「美味いから」だと言います。生卵を食べるという世界でも極めて珍しい習慣を持つ日本人ですから、卵かけ御飯の延長なんでしょう。

彼等、「童貞丸分かりボーイズ」の食欲を支えたマーガリンって、バターの代用品として発明されました。スペインやプロシアとの緊張が高まり牛乳不足を心配したフランスのナポレオン3世が、1869年に「バターの代わりになる物」と募集したところ、イポリット・メージュという人が牛脂から作ったそうです。マーガリンの名の由来はギリシャ語のマーガライト（真珠）から採ったものですと。
今のマーガリンは植物油から作るらしいですが、もう「バターの代用品」とは言えなくなりました。アッサリしていて柔らかいので好む人も多いですね。すでの独立した食品の位置を確立しています。

あるモノが品薄になったり、品質上で限界が生じたりすれば、必然的に代替品が出てきます。材料が変わって、しかるべき時間が経つと、初めは違和感を持った人も、「もともとの形」を忘れるまでに慣れてしまいます。年配の方なら、コーラがコカ規制で味が変わり一時的に戸惑った事を憶えているでしょう。少年時代は「ベーコンは鯨以外に存在しない」と思っていましたものね。子供の頃、貴重だった砂糖の代わりにサンザン御世話になったサッカリン等の人工甘味料。今でもダイエットに使う人がいます。
トウモロコシウイスキー、第3のビール、チューインガム、人工イクラなど、そのてのモノを挙げたらキリがないですから、楽器に限っての話をしますと、フルートが元は木だった事は、よく知られています。箏の柱（じ）はプラスチックが主流ですが、前は木製や象牙が広く使われていました。元は木の枝の又の部分です。ですから象牙やプラスチックになっても形は木の又ですね。
三味線なんか猫がなくなって犬、それもダメでカンガルー、ヤギですと。ここはもう勝負有りです。今後はビニールが主になりますわ。
沖縄の三線（サンシン）は、本土では蛇皮線（ジャビセン）と呼ぶのが普通だったように蛇皮でした。ニシキヘビの皮が規制されてからは、輸入も外国公演に持って行くのも困難になりました。そこでビニール皮ですが、原型の記憶で蛇皮模様がチャンとついています。
尺八の歌口は、細い竹を割って使っていた名残が今でも形に残っていますよね。より新しい形である琴古型だって、原型は竹に有ります。漆が戦後は不足して、その時代の尺八にはカシューや膠を使用したモノが有りますが、カシューの艶、膠の速乾性に惹かれて、今でも使う人はいます。
フォルクローレのチャランゴは私の若い頃はモロにアルマジロでしたし、今は木で作るチベットの笛カンリンも、戦前はオリジナルが購入出来たそうです。オモシレエだろうな、海外公演に持って行って税関で止められる。「これ何だ？」、「カンリンだよ。人骨製だからワシントン条約で禁止してねえぜ」。・・・どうなるんですかね？。ともかく、いくら戦前でも、同じチベット楽器のタマルまでは買えなかったでしょうね。今は木製ですが、元は妊婦の腹の中にいた胎児の頭蓋骨ですぜ。
ついでに言いますわ。「中国のチベット支配」に賛成ってんじゃないよ、明らかな武力侵略だもんね。けどね、中国進出前のチベットって、断じて「人々が心穏やかに暮らしていた土地」なんかじゃねえよ。ダライラマを名目君主に祭り上げた貴族、僧侶、大土地所有者がラマ教を利用して無法支配した恐ろしい場所だわ。「中国何でも正しい」の「中キチさん」が大勢いた1970年代には「中国のチベット侵攻肯定論」もサンザン聞いたもんだ。逆に、昔のチベットを持ち上げる人って、ハインリヒ・ハーラーあたりに騙されてるんじゃねえのかよ・・・。

尺八に最初に本格的な材質転換が起きたのは昭和40年代です。木製、プラスチック製が続々と発売されました。プラスチック尺八は昭和10年代には既に存在していましたが、いずれにしろ竹の代用品です。初めて代替品でなく、競合品となったのはプラスチック尺八「悠」でしょう。発売は50年も前ですが、「性能はプロ製管師が作った竹製尺八の平均値より上」と楽器として広く認知されたのは、ここ25年です。現在のプロ製作尺八の性能平均値が「悠」より下とは思いませんが、製管技術の上がった１５年前でも、まだ勝てなかったと思います。
今は私の3Ⅾ尺八が市場を席券しています。その性能は、発売以来3年という短時間で、20名を越す現役プロ奏者がレコーディングや海外公演で使っている現状が雄弁に物語っています。「最高技術の製管師達の平均をすら上回る」、これってナルシストの私の自己賛美でなく、プロ達の評価です。「人間の手や認識は精密機械とかコンピューターには勝てない」という事に異議の有る人でも、「認識の尺八への完全移行には技術力と膨大な時間がかかる」という事は否定しないでしょう。

では、金属フルートの様に市場の完全交代が起きるのか？。「竹だから面白い」、「尺八は竹って刷り込まれている」、「まだプロとして舞台での使用は何となく躊躇する」、「プラ管を使ったら高い謝礼を貰い難いだろうがよ」、「3Ⅾは個性が無い（個性なんて3Ⅾなら作れますけどね）」、「楽器は道具であると同時に文化」。全部尤もで現に発売者の私もそう思っているんです。
でもねえ、私は7３年の生涯で「エエっという変化」をたくさん見ています。今後10年で異素材尺八が主流になるかどうかは別として、もう「竹の代替品ではなく、新しい尺八」と認識されていますので、20年先は分かりません。「もう竹をイメージした節とか根は必要無いのでは」と言うプロは、宮田耕八朗さんをはじめ多いんですわ。