千の風

プロレスラーのテリー・ファンクが死んだというニュースが入って来ました。有名なファンク一家の次男坊で、日本でも197７年からの数年間は大変な人気でした。テキサス州アマリロ南郊のキャニオン（地名）に住んでいていて、プロ尺八家クリストファー・ブレイズデルの隣人でした。でも、ブレイズデルが山口五郎先生に入門する前から尺八とは縁が有って、1970年の初来日の時に尺八を買って、ホテルで吹いていました。83年頃だったと思いますが、当時は『季刊邦楽』という雑誌が有って、そこで編集員をしていた田中さん（現・邦楽ジャーナル社長）に依頼されて、私がテリーに「尺八についてインタビューしたい」と申し入れたところ、快く承知してくれました。ところが、その後の編集会議で駄目が出たそうで結局流れました。会議のメンバーが利口なのかバカなのか知りませんがね、プロレスラーだと品格が下がると思ったみたいです。ある短期大学でも同様の事が有りました。だったら最初からオレに話を振るなよ。大した顔じゃないけど、訂正、顔は大したものだけど、依頼した俺の顔が潰れるんだからよ。

テリーは、求められればサインは断らないし、山のように届くファンレターに全て返事を書く事でも分かるように、気持ちの熱い人で、マシオ駒が亡くなった後、デストロイヤー以外の外国人レスラーでは、彼だけが唯一、家に弔問に来てくれました。現役世界チャンピオンで来日した忙しい最中にです。彼からもらったカウボーイハット、1980年に野坂恵子先生のボランティア募金の呼びかけに応じて、チャリティーバザールで売ってしまいましたが、サインが無かったせいか、確か1万円にもならなかったな・・・。
１９80年代になると、その10年前には考えられなかったくらい、海外旅行が盛んになって、日本人女性も気楽に海外に行く様になったんです。そして1970年代の半ばくらいから、若い女の子がプロレス会場に大勢来るようになりました。彼が大人気だった80年代前半には、プロレスファンの多くが男も女も「アマリロ詣で」をしていました。中には筋金入りのプロレスマニアがいたので、テリーの家の近くに在る、ファンク兄弟の父親、ドリー・ファンク・シニア（1973年没）の墓に詣でた人もいたと思います。なら、そこでシニアの墓碑銘を読んだはずで、そこには次の様に刻まれています。
ⅮО　NОT　STANⅮ　AT　ⅯY　GRAⅤE　ANⅮ　ⅭRY。Ī　AⅯ　NОT　THERE。Ī　ⅮĪⅮ　NОT　ⅮĪE

「アレェ～」と今なら言いますね。そう200６年の紅白歌合戦で秋川雅史が歌って、一躍大人気になった「千の風になって」ですよ。この詩は上記の理由で私は前から知っていて、その由来も訊いていました。今は、「母を亡くした友人を慰める為にメアリー・フライという婦人が書いた」という説に落ち着いたそうですが、私は昔、「ネイティブアメリカン（インディアン）の昔の詩」だとの説明を受けました。どっちにしろ、その詩の世界観は人の心をうちますよね。
これを歌った秋川雅史がまた素晴らしい。容貌歌唱力ともに抜きんでていて、私ですら嫉妬するくらいです。でもね、その秋川さんがテレビの「オチャラケ番組」で演歌を歌ったのを聞きましたが、これが聴けたものでは無い。何と言うか「下手に歌えない」のですね。分っていて音程やテンポを外したり、「下品な表情」を付けたり出来ないんですよ。ヤマで張り上げる声の出し方も演歌とは違っている。何より演歌の名手みたいに、「湿った感情の襞に沿ってギリギリセーフで舐める」ことが出来ていないのですよね。

こういう所にジャンルの違いって有るんですわ。前にジャンボ鶴田の下手さを言いましたが、プロレスでメインエベントを務めた人では坂口征二とかグレート草津、北尾光司とか「輝かしいスポーツ前歴でプロレスはダイコン」はアマタいても、多分アントン・ヘーシンクより酷かった者はいないと思います。デビュー前にマシオ駒がアマリロまで同行して、駒さんやファンク兄弟という最高のコーチが付きっきりで指導しても、あのザマでしたからね。柔道感覚が体に染みついているんです。こういうシリアススポーツで最高ランクまで行った人って、前にブッコンダモノが大きすぎて、「鑑賞目的のスポーツ」であるプロレスに順応できないみたいです。
秋川さんが演歌をどう思っているのかは知りません。芸術鑑賞力の上がった現代の人ですから、まさか昔のクラシックやオペラファンみたいに、演歌を一段低く見ていたとは思いませんが、どう思っていようと彼の能力では演歌を消化出来なかった。
尺八も私の御客の中には、クラシック、ジャズ、フォルクローレ等吹奏楽器のプロの人が大勢います。その中で「尺八も一級品」と言える人は、あくまで私の聞いた範囲ではですが、1人もいませんでした。
島原帆山先生が昔、「二代目（都山）が尺八が下手になったのは、音大でオーボエを吹いてからで、その前、私や星田一山さんが教えていた頃は、ちゃんと吹けていた」と言っていました。島原先生は尺八とオーボエの口の筋肉の違いを指摘しましたが、フルートの人だと共通する部分は多く、その為、尺八を持ってすぐに音が出ます。だけど、その後がネエ・・・。音や旋律処理です、綺麗だけどバランスが良すぎて、「普通に上手な音楽」と言うのか、「破型美」を感じないので、尺八としては物足らないんですよ。

尺八吹きも今では古典を全く吹かない人や古典邦楽に何の魅力も感じない人も増えました。今では現役の尺八吹きを比べた場合、「古典大好き派」は日本人より外国人尺八家の方が多いと思います。でも、誰が、どういう音楽に使おうとも尺八は尺八なんです。機能的には他の吹奏楽器より優れている面と劣った面が有りますが、個性は比べても意味が有りません。でも、機能、個性ともに一番顕著に表れている古典を吹かないで、尺八の楽器としてのフル性能や魅力が理解出来るモノなのでしょうか？。
でも余計な心配なのかも知れません。だって現代の尺八曲の中にも伝統邦楽は生きていますもの。ですから風や雨や光に形を変えただけで、千の風になって吹き渡っているとすれば、あえて古典曲の墓の前で泣く必要は無いのかも知れません。
今の地歌、筝曲にしろ古典本曲にしろ、150年前の人が聞いたら、きっと、「これ何だ？。」と言いますもんね・・・。