二刀流

久しぶりに宮田耕八朗先生の家に行きました。尺八の音程に関しての事なので林鈴麟さんに同行してもらいました。宮田先生には何度も御会いしてはいるのですが、考えてみると御自宅へ伺うのは実に48年ぶりです。半世紀経っていますから御自宅も新しくなり、街の佇まいも全く変わってしまいましたが、幸い家の配置は前のままで、東南の角地だった記憶が残っていて、すぐ分かりました。
尺八は吹く人によって音程が大きく変わるモノなので、たくさん購入して下さっている宮田先生用に「宮田モデルの音程」を確定する必要が有っての訪問です。それ以外にもアレコレ話して結局5時間もいました。

尺八に対する理解の進んだ今でも、少なくなったとは言え、アマチュア尺八吹きから「この尺八は音程が違っている」とクレームが付く事があります。前に三塚泉州さんが『邦楽ジャーナル』で書いておりますが、御丁寧に返品尺八に「正確な孔の位置」がマーキングして有ったそうです。三塚さんの理にかなった説明も「馬の耳に念仏」ですが、当り前。「頭の出来上がった半可通」はプロの解説を遮断する頑固さが特徴ですね。
私も、その同じ人から全く同じ事を言われました。製管師がチューナーを持っていないとでも思っているんですかね？。中途半端に上手い人の中にはいますよね、管楽器の特性に無知で、なおかつ今生き残っているプロ製管師の吹奏技量を甘く見ている人が。

宮田先生が実は大変な「地歌大好き人間」だと言う事は知る人ぞ知るです。7孔尺八を世に広めた人ですが、地歌の構造や移り変わりを、この方くらいキチンと説明出来る人もいません。ですから今の地歌の「形の崩れ」を嘆いていました。
もう治らない「地歌の崩れ」より、私はむしろ未来にむけて7孔の説明を、もっと世の尺八吹きにして欲しいですね。初歩の段階の7孔理解は「ツとハの半音が楽」から始まります。少し進んで「乙音におけるツの半音とロのトレモロとか、『春の訪れ』のツの半音とレの甲音トレモロ、5孔じゃ出来ない」と言い、中級編で「ツの大甲は5孔では出せない」ですが、７孔ならでは可能な音や吹奏テクニックは、まだまだ多く、その全貌は7孔使用者でも、ほとんどの人が知りません。
私は現役製管師として最も多くの7孔加工をした人間です。なんせ5千本はやってますからね。でも7孔使用者は今でも2割くらいで、この比率は今後も増えないと思っています。国際的に広めるにおいて古典本曲は最強ソフトですが、それと並ぶ各国の地域ソフトとも言うべき現代オリジナル曲（現代邦楽ではなく）で、次々と5孔の新技法が発見されていますが、なお補う意味で今や7孔に代わって6孔に多孔尺八の主流が移る勢いです。

私の前からの理想は「5孔と7孔を併用できる人が普通になる事」です。それって単なる慣れで、実は簡単です。7孔の利点は、一般の尺八吹きが知っているより遥かに多いのです。そして操作が難しいけども、実に個性的で魅力有る表現力を持った5孔尺八。この2つを「どちらが優れている」とか言うのではなく、「両刀遣使い」が増えれば、相互の長所も分かり、併存出来るに決まってるじゃないですか。
私は興隆期の米谷会の仕事を大量に受けました。２０年で10人から約百倍に膨れ上がった19７0年代半ばからの米谷会尺八奏者は、威和男先生の取り立て弟子の何倍もの転門者によって構成されており、その為、5孔の人が大勢いて、一斉に7孔に変わった時期です。誰もが最初は「7孔は厄介だな。今まで通り5孔じゃ駄目かね？」と嘆いていましたが、ほぼ1週間か2週間で見事に切り替わる事に成功しました。「米谷威和男も村岡実も最初はそうだったよ」と宮田先生に聞きましたが、演歌や民謡では7孔の優位は明らかです。要は頭のきりかえですから、マニュアル車とオートマ車みたいなものと認識すれば良い。
村岡実の演歌尺八から始まり、長く村岡先生の音楽的影響下に在った台湾尺八界を除いて、7孔尺八の使用は海外ではあまり見られません。これは楽器としての便利とか操作性とかの理由ではありません。大きな理由が「5孔はオリジナル。不便で難しいけど、だから面白いしヤリ甲斐も有る」という探求欲求です。よりコジレルと「もっとオリジナル、もっと不便」で地無し尺八に向かいます。
このどれもが芸術や文化を成り立たせる重大な要素に根差したものです。マニュアル車を「運転している実感が有って面白い」と好む人が多いですが、そういう感じです。そしてクラシックカーのファンも存在します。文化ですから便利や機能性とはまた別に「人が何を面白いと思うか？」が有ります。

私の子供の頃は、「二刀流」と揶揄われる子供がたくさんいました。生活環境が悪かった昭和30年代以前の子供達は青っ洟を鼻から2本垂らしていて、為に「二刀流」とか「ムサシ」と言われたのです。ムサシとは二刀流で有名な宮本武蔵です。
宮本武蔵の巷間伝説の大半は吉川英治の『宮本武蔵』や『五輪書』が出所ですから、これはマア、馬場の『ジャイアント台風』や大山倍達の『空手バカ一代』みたいなモノで、内容を真に受ける人はあまりいないと思いますが、今に残る「おはなし」を残したのですから、やはり偉大な人です。絵なんか静謐な境地が描かれていて実に良いですね。
この武蔵の時代は、世の中が平和になり、殺人技術であった剣術が哲学性を持った剣道に変わろうとした時期です。一直線に相手に勝つ技術が内面の精神性に重きを置く文化に移ったのです。
なおかつ剣道においても勝負は重視される。でも同時に精神面を表す型も重要です。ここが大切な所で、面倒な作法も武器操作としては不合理な約束事も、それが「道」としたら大切です。国際的に広がりを見せている日本発の文化って全部そうじゃないですか。ですから、尺八だって「二刀流」が一番。やらなくても良いですが、せめて相互に相手を尊重しましょうよ。