音程の話

「今の尺八は本当に音程が良くなった」、これは私の御客の1流演奏家達が口を揃えて言う事です。では逆に訊きたい。昔の尺八は音程が悪かったのか？。勿論平気で「十割り尺八」や「正統（？）琴古管」を作っていた40年前迄の事を言ってるんでは有りません。あれは「尺八」であって楽器としての機能を1部持つものの、厳密には少し違った存立基盤に立ったモノです。例えて言うと江戸期からの日本刀みたいな感じです。
チューナーが無く、素人がプロに混じって製作販売していた時代の事は言っても仕方が無い、、チューナーが普及した40年前からのプロ製作の尺八について言っているのですわ。

実は20年くらい前までは、確かに音程が悪かった。チューナーで計ってどう？、とかの話じゃないんです。20年前だと内径研究が現在ほど進んでいなかったので、甲乙のピッチ差を今ほど接近させられませんでした。さらに今だと、まず3Ⅾで作って実験できますので、尺八内径構造も豊富にデーターが集まりました。同じく歌口も長い間、「吹く人によって違う」で研究がなされていませんでしたので、音程も吹く人によっては大きく差異が出ました。同一尺八における内吹き外吹きによる音程差も今は解消の方向に向かっています。
今の尺八は器楽に使われる事が多いので、地歌、民謡、歌謡曲に使われた時代より、ずっと音程の厳密性が求められます。歌はビブラートで音程の揺れが起き、伴奏の尺八を聞く人も15パーセント程度の範囲なら旋律を認識します。
また今は吹奏技量の未熟な製管師はいません。プロ製管師の吹奏技量を甘く見てもらっては（別に困りはしないけど）、事の本質を見誤ります。プロ製管師は演奏家と違って、指使いとか音楽性、表現力とかは特別の訓練はしませんが、その分、素直な息で音を出す練習は半端で無くします。演奏家って、かなり変な吹き方をしています。でも、それが本人に合っていれば良いのです。でも製管師は作った歌口が、客の多数に受け入れられなければならないので、癖の無い吹き方を習得します。
ここに一つの答えが有ります。あくまで平均的吹き方ですから、合わない人は出ます。今にいたるも日本の尺八吹きは、管楽器の理解が進んでいないので、「音程が合っていない」と言う人に説明すると、分かっていない人の反論は決まって、「他の尺八は合っている」です。でも、例外なく、チューナーが無いと「他の尺八」でも合っていません。この種の音程クレームは外国では何百本売っても、ほぼゼロなのですよ。彼等の大半が尺八以前に管楽器を経験しているからです。「同じ位置に伸ばしているからポイントの位置は同じだぞ。なのに何故このトロンボーンは音程が違うんだよ」なんて言う素人がいると思う？。

最近は宮田耕八朗さんの音程にかかりきりです。何度も指示通り直して、また細かい指示が来ます。「何度もゴメンね」と言われましたが、これほど面白い作業って無いですよ。宮田さんの凄さは昔から知っていましたが、今あらためて驚嘆しています。440ヘルツ前後で1ヘルツを求められるのです。当たり前ですがチューナー判断ではなく耳による聴き分けです。これって人間の「音程判断の限界値」ですよ。1000ヘルツ帯ですと、判別能力の限界値は1・.5ヘルツに下がります。1パーセント音程を目で判断する天才揃いの日本の尺八家は「私の尺八は４４３なので４４２に直してくれ」なんて平気で言い、製管師達を苦笑させますがね。
同じく7孔尺八の大家であった村岡実さんの場合は、３，４，５の孔が通常より孔1つ分高くないと合わないのです。こういうプロの音合わせの度に音源を探して研究します。宮田さんにも「よく私の演奏を聴いてるね。感心した」と褒められましたが、村岡さんのケースは実際の演奏を見て研究しました。癖でチから上の音を出すときに首を傾けるのです。それが「メリ効果」になっているのですね。
琴古の有名演奏家であるSさんが「丁度良い」と評価した同じ尺八が、同じ琴古の大家・Ⅿ１さんには「低い」と判別され、作曲でも1流のⅯ2さんが吹くと「高いです」となります。勿論管楽器ですから当たり前で、研究材料ですから、私はじめ皆、凄く楽しく受け止めています。昨日も林鈴麟さんが「どんな時でも相手の言う通りした方が良いんですかね？」と言いましたが、当り前です。だって日本尺八界を代表する1流演奏家達に、「貴方の吹き方を変えてください」なんて言えるわけないでしょう。それに私達が正しいわけでもないですからね。それに正直に言いますが、「合っていない尺八」が流出した事も有ります。息の影響を多大に受ける1尺3寸以下の短管。そしてコンデションが悪い時に音程合わせをした長管です。1尺3寸管以下のハ、ヒの甲乙ピッチは「容認事項」です。これは管の太さをフルート並みに細くしないと絶対に合いません。全ての楽器には「容認事項」が存在します。オーボエやピアノに演奏現場で「音を上げろ」なんて言う人はいないでしょう。だから極短管のハ、ヒの甲はカル。アタリメエだろうがよ・・・。

誰が吹いても音程があまり違わない尺八を作るには、尺八型歌口の放棄が必須です。ですからドウショウになるのです。そうしてもなお息の強弱は有りますが、かなり音程は均されます。でも、尺八の素晴らしい個性や機能の大半も失います。
どうやら千年前の中国人は尺八よりドウショウを選んだようです。他の楽器と一緒に主に宴会で使われていた事を考慮すれば、それは止むを得ませんね。それを日本では百年に渡る研究で、再び世界の一線に立つ管楽器としたのですわ。
尺八は肉薄を放棄し、手孔弁を採用しなかった代わりに、音程の変更工作は容易です。「この尺八は音程が有っていない」と言って嗤われるのではなく、「自分に合わせて再調整してね」と言ってください。その作業は嫌がりませんから。

手術の為、ここでまたブログを休止します。また再開まで・・・。再開するってば、ここで終わりじゃねえぜ。