アメリカ師範
- 2015/02/24
- 23:20
30年くらい前、青木鈴慕師匠に呼ばれて高田馬場の道場に行くと、師匠と佐野鈴霏さん素川欣也と結婚する前のローリー・カザスさん、宮城会の上條妙子さん、ニューヨークから来た尺八のラルフ・サミエルソンさん、同じく箏曲家のゲイツ・陽子さんが居合わせていてホームパーティーとなりました。
いくらか酒のまわったころ、ゲイツ・陽子さんが困ったようにおっしゃいました。「アメリカ人に簡単に師範を許すのはどうかと思うのですが」 要するに、アメリカ人はあまり長く日本に滞在できないので、短時間でサービス的に免状を出している現状に対する問題提議です。
「師範と言うと英語でマスターです。その称号には権威が有ります。アメリカ人は、自分はマスターだからと、自信を持って教授やリサイタルをやるのですよ。とても聴けたものではないですし、あれでは尺八の信用を落とします。」
私は聞いていて、ゲイツさんはニューヨーク暮らしが長いので、日本の尺八の実態を御存知ないのだと思いました。
尺八師範の人で、師範だから上手だと思っている人は皆無だと思います。私達尺八で生活している者は、師範と聞いても「初心者では無いのだな」と思う程度です。「準師範小学校、師範中学」と言われるのは、6年やれば誰でも、あと3年やれば落第なしに卒業証書が手に入る、要するにそう云うモノと言う意味です。
でもアメリカ人みたいにリサイタルまでやらないでしょう? もっともな疑問ですが、それが有るんですよ。社会的に上の人に多いですね。周りから煽てられて自分の力量を見失うのではなく、社会的に成功しているからこそ、余技だからと恥ずかしげも無しにやれるんですわ。金銭的な裏ずけが有りますから、賛助出演のメンバーは豪華ですし、誰に迷惑をかけているわけでも無し、もともと「信用がどうの」とかいうのと別の次元として聞く方も聴いていますわ。だって聴く人って本人の親戚友人しかいませんぜ。ただでさえ無い尺八の信用がますます無くなる、そんなことないと思いますよ。
それを、ミットモナイと思うか、私みたいに微笑ましいと思うかは人によりますな。
同様の事を別の時にローリー・カザスさんと話したことが有ります。邦楽界のカラオケパーティーの時に「日本人は普段は恥ずかしがりやのくせに、どうしてカラオケの時は平気で下手な歌を皆の前で歌うのでしょう?」と彼女。
「アメリカ人の尺八吹きって、どうして上手くも無いのに自分では上手いと思って、誰でも堂々と人前で吹くのでしょう?お互い分からない事は多いですね」と私。彼女は 「それホントね」と笑っていましたが、その後、カラオケがボックスで歌われるのが主流の時代になったことを見ても、やはり当時の日本人も人前で歌うのが恥ずかしいと思う人が多かったのですね。
いくらか酒のまわったころ、ゲイツ・陽子さんが困ったようにおっしゃいました。「アメリカ人に簡単に師範を許すのはどうかと思うのですが」 要するに、アメリカ人はあまり長く日本に滞在できないので、短時間でサービス的に免状を出している現状に対する問題提議です。
「師範と言うと英語でマスターです。その称号には権威が有ります。アメリカ人は、自分はマスターだからと、自信を持って教授やリサイタルをやるのですよ。とても聴けたものではないですし、あれでは尺八の信用を落とします。」
私は聞いていて、ゲイツさんはニューヨーク暮らしが長いので、日本の尺八の実態を御存知ないのだと思いました。
尺八師範の人で、師範だから上手だと思っている人は皆無だと思います。私達尺八で生活している者は、師範と聞いても「初心者では無いのだな」と思う程度です。「準師範小学校、師範中学」と言われるのは、6年やれば誰でも、あと3年やれば落第なしに卒業証書が手に入る、要するにそう云うモノと言う意味です。
でもアメリカ人みたいにリサイタルまでやらないでしょう? もっともな疑問ですが、それが有るんですよ。社会的に上の人に多いですね。周りから煽てられて自分の力量を見失うのではなく、社会的に成功しているからこそ、余技だからと恥ずかしげも無しにやれるんですわ。金銭的な裏ずけが有りますから、賛助出演のメンバーは豪華ですし、誰に迷惑をかけているわけでも無し、もともと「信用がどうの」とかいうのと別の次元として聞く方も聴いていますわ。だって聴く人って本人の親戚友人しかいませんぜ。ただでさえ無い尺八の信用がますます無くなる、そんなことないと思いますよ。
それを、ミットモナイと思うか、私みたいに微笑ましいと思うかは人によりますな。
同様の事を別の時にローリー・カザスさんと話したことが有ります。邦楽界のカラオケパーティーの時に「日本人は普段は恥ずかしがりやのくせに、どうしてカラオケの時は平気で下手な歌を皆の前で歌うのでしょう?」と彼女。
「アメリカ人の尺八吹きって、どうして上手くも無いのに自分では上手いと思って、誰でも堂々と人前で吹くのでしょう?お互い分からない事は多いですね」と私。彼女は 「それホントね」と笑っていましたが、その後、カラオケがボックスで歌われるのが主流の時代になったことを見ても、やはり当時の日本人も人前で歌うのが恥ずかしいと思う人が多かったのですね。
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