西高東低
- 2015/03/21
- 23:14
尺八人口は西日本に多く明らかに西高東低です。なぜですかね。尺八人口は都山流が決めると言っても、都山の本拠地は戦前に20年以上も東京にありましたので、関東では琴古と遜色ない人数ですし、東北、北海道では琴古は問題にならないほど都山は多いです。
東北は民謡尺八が多いと思っていらっしゃる方がいますが、別にそういう事実は有りません。そこで考えるには、尺八家の数は広域的には人口とイコールだという当たり前のことです。
たとえば関東で群馬、栃木の二県は尺八吹きが際立って少ないですが、北関東エリアで見ると人口とイコールです。反対に香川は人口に比して異様に多い尺八吹きがいますが、四国全域で見ると、それほど不思議ではありません。
だとして、それで尺八の潜在需要は分かります。多い県は研究の対象になり、少ない県は余地が有るということになります。
とは言っても、かつての教授産業で尺八界が成り立っていた時代と今は違います。
昔は、その地域の人口や経済、地理に合わせて教授活動をすれば良かったのです。たとえば私の住んでいる隣の県、静岡ですと、横に長い県で街は東海道にそってベルト状に一直線に並んでいます。ですから、かつて、この県で生活を立てた横山蘭畝は引っ越しに継ぐ引っ越しを繰り返したのです。弟子を放射状に求められませんし、一つの街だけでは生活できるだけのキャパが無いので、点々と拠点をつくって、そこへ鉄道で教授に通ってくるという方法をとらざるを得ません。
こういう戦略に関して初代都山は非常に長けていました。そして組織を挙げて応援することで流を大きくしていきました。
今でも都山には、その力は有ります。アイデアを出せる人の数も多いですし、講習会を会員がやるとなれば30本でも50本でも貸し出し用の尺八を揃えられるのは都山流楽会、日本尺八連盟の二団体をおいて有りません。しかしいっこうに会員が増えないのは、講習会のやりかたが今の時代に合っていないからです。「じゃあ、どうやれば良いんだよ」と言われても、そのやりかたは流というモノのアイデンティティを否定するわけですから、そこの綱渡りは私の頭では無理です。数が多いということは優秀な人も多いということですから、やがて都山はそこを突破する知恵を出すかも知れません。
琴古でも邦楽界に椅子の無い若い尺八家は独自の活動法で何とかしようとしていますが、大きな組織の後押しが有ると無いとでは大違いです。
東北は民謡尺八が多いと思っていらっしゃる方がいますが、別にそういう事実は有りません。そこで考えるには、尺八家の数は広域的には人口とイコールだという当たり前のことです。
たとえば関東で群馬、栃木の二県は尺八吹きが際立って少ないですが、北関東エリアで見ると人口とイコールです。反対に香川は人口に比して異様に多い尺八吹きがいますが、四国全域で見ると、それほど不思議ではありません。
だとして、それで尺八の潜在需要は分かります。多い県は研究の対象になり、少ない県は余地が有るということになります。
とは言っても、かつての教授産業で尺八界が成り立っていた時代と今は違います。
昔は、その地域の人口や経済、地理に合わせて教授活動をすれば良かったのです。たとえば私の住んでいる隣の県、静岡ですと、横に長い県で街は東海道にそってベルト状に一直線に並んでいます。ですから、かつて、この県で生活を立てた横山蘭畝は引っ越しに継ぐ引っ越しを繰り返したのです。弟子を放射状に求められませんし、一つの街だけでは生活できるだけのキャパが無いので、点々と拠点をつくって、そこへ鉄道で教授に通ってくるという方法をとらざるを得ません。
こういう戦略に関して初代都山は非常に長けていました。そして組織を挙げて応援することで流を大きくしていきました。
今でも都山には、その力は有ります。アイデアを出せる人の数も多いですし、講習会を会員がやるとなれば30本でも50本でも貸し出し用の尺八を揃えられるのは都山流楽会、日本尺八連盟の二団体をおいて有りません。しかしいっこうに会員が増えないのは、講習会のやりかたが今の時代に合っていないからです。「じゃあ、どうやれば良いんだよ」と言われても、そのやりかたは流というモノのアイデンティティを否定するわけですから、そこの綱渡りは私の頭では無理です。数が多いということは優秀な人も多いということですから、やがて都山はそこを突破する知恵を出すかも知れません。
琴古でも邦楽界に椅子の無い若い尺八家は独自の活動法で何とかしようとしていますが、大きな組織の後押しが有ると無いとでは大違いです。
スポンサーサイト