遠音
- 2015/06/04
- 16:20
よく「遠音がきく」というような言い方をしますが、たしかに音量が同じでも良く聞き取れる音と聞き取れない音が存在していて、尺八でいうと「あの人の尺八の音は遠音がきく」とか表現されます。
私の師匠の酒井竹保先生は「遠音がきくのが尺八の良さ」と言っていました。「楽器や音楽には聞と聴が有り、意思的に聞くのが聞、聞こえてくるというのが聴」と字ズラと反対の解説をなさっていました。
聴とは心に響いてくる、そんな事がおっしゃりたかったのでしょうか・・・。たしかに、静かな夜など、どこからともなく尺八の音が聞こえてくるなんて風景としても良いですね。
「遠音がきく」という事を物理的に解析すると、音の中に3000ヘルツ帯の倍音が豊富に含まれているほど遠音がきくのですが、今は青天で演奏することも無いでしょうし、PA(音響機器)を使わないで大きな会場でやることも少なくなりましたから、遠音の必要性も少ないのではないですかね。
現在は、むしろPAをいかに上手に使いこなすかでしょう。
「生の音が一番」という意見もモットモです。邦楽器は狭い空間でこそ真価を発揮する場合が多いことも事実です。
でも、それを厳密に求めればセイゼイ百人のお客の前でしか演奏出来なくなります。私は色々な在り方が有って良いと思うのですよ。ただ、そういうことにコダワリを持ち過ぎる人の実体は、少し本物がいるものの、大半の人が単にブッテいるだけのニセモノだと思っています。
偏見かも分かりませんが、それにしてもドウシテそう思うに至ったか、私の経験を三つばかり挙げましょう。幾つ挙げてもキリが無いほど多いですけど・・・。
虚無僧尺八の大家に私の演奏会に出てもらいました。会場は千人収容の久保講堂。その人の弟子達に言われました。「自分達の演奏中はマイクを切ってください」
冗談じゃない、そんな音量でマイクを切って聞こえるもんか、青木鈴慕じゃあるまいし千人会場をねじ伏せられる分けがない。言っても承知してくれないので「切った」と言って本当は切らずに本番。演奏終了後「ほら、やっぱりマイク無しの方が良いでしょう」 ホラ、ヤッパリ。
クラシック音楽。あるピアニストの後援会に入っていて、来日コンサートの直前にレコードを出すことになりましたが、会員の一部から反対意見が出ました。「レコードは電気の音で真価が分からない」 言ってる意味は分かりますが、その方はレコードでしか、そのピアニストの演奏を聴いたことが無かったはずです。でもアンタ、後援会の会員ですよね。
私の所に尺八を買いにいらした方。その方曰く「私は古いのかも知れませんが青木鈴慕とか横山勝也とか少しも良いと思えないんですよ」 まあ趣味の事ですからそういう人もいるでしょうね。それを言ったら日本人の多くが「すこしも良いと思って」いませんわな。
「尺八というものは音なんて出なくても良いんです。音程だって合っていても良いし合っていなくても良いんです」
それなら何万も出して私の所の尺八を買う必要なんて有りません。その辺の竹で自作すれば良いだけです。それを言うと 「ナカナカ姿の良い七節の竹って無いモンですよ」 ここまでシュールだと私は理解できません。
私の師匠の酒井竹保先生は「遠音がきくのが尺八の良さ」と言っていました。「楽器や音楽には聞と聴が有り、意思的に聞くのが聞、聞こえてくるというのが聴」と字ズラと反対の解説をなさっていました。
聴とは心に響いてくる、そんな事がおっしゃりたかったのでしょうか・・・。たしかに、静かな夜など、どこからともなく尺八の音が聞こえてくるなんて風景としても良いですね。
「遠音がきく」という事を物理的に解析すると、音の中に3000ヘルツ帯の倍音が豊富に含まれているほど遠音がきくのですが、今は青天で演奏することも無いでしょうし、PA(音響機器)を使わないで大きな会場でやることも少なくなりましたから、遠音の必要性も少ないのではないですかね。
現在は、むしろPAをいかに上手に使いこなすかでしょう。
「生の音が一番」という意見もモットモです。邦楽器は狭い空間でこそ真価を発揮する場合が多いことも事実です。
でも、それを厳密に求めればセイゼイ百人のお客の前でしか演奏出来なくなります。私は色々な在り方が有って良いと思うのですよ。ただ、そういうことにコダワリを持ち過ぎる人の実体は、少し本物がいるものの、大半の人が単にブッテいるだけのニセモノだと思っています。
偏見かも分かりませんが、それにしてもドウシテそう思うに至ったか、私の経験を三つばかり挙げましょう。幾つ挙げてもキリが無いほど多いですけど・・・。
虚無僧尺八の大家に私の演奏会に出てもらいました。会場は千人収容の久保講堂。その人の弟子達に言われました。「自分達の演奏中はマイクを切ってください」
冗談じゃない、そんな音量でマイクを切って聞こえるもんか、青木鈴慕じゃあるまいし千人会場をねじ伏せられる分けがない。言っても承知してくれないので「切った」と言って本当は切らずに本番。演奏終了後「ほら、やっぱりマイク無しの方が良いでしょう」 ホラ、ヤッパリ。
クラシック音楽。あるピアニストの後援会に入っていて、来日コンサートの直前にレコードを出すことになりましたが、会員の一部から反対意見が出ました。「レコードは電気の音で真価が分からない」 言ってる意味は分かりますが、その方はレコードでしか、そのピアニストの演奏を聴いたことが無かったはずです。でもアンタ、後援会の会員ですよね。
私の所に尺八を買いにいらした方。その方曰く「私は古いのかも知れませんが青木鈴慕とか横山勝也とか少しも良いと思えないんですよ」 まあ趣味の事ですからそういう人もいるでしょうね。それを言ったら日本人の多くが「すこしも良いと思って」いませんわな。
「尺八というものは音なんて出なくても良いんです。音程だって合っていても良いし合っていなくても良いんです」
それなら何万も出して私の所の尺八を買う必要なんて有りません。その辺の竹で自作すれば良いだけです。それを言うと 「ナカナカ姿の良い七節の竹って無いモンですよ」 ここまでシュールだと私は理解できません。
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