尺八の上昇気流
- 2015/12/11
- 22:48
尺八にとって最も良かった時、いわば最盛期って何時でしょうか?こう島原帆山先生に聞いたことが有ります。
盛んだった時というなら昭和10年代。そういう答えでしたが、もっと時期を詰めて言うと、昭和12年の日中戦争開始から昭和18年までらしいのです。
「昭和19年とか20年になると流石に尺八どころではないですよ」との事。
昭和に入ると経済不振、ついで世界大恐慌です。この時期は、後に人間国宝となる納富寿童でも貯金を崩して生活していたと言います。ですが驚くことに都山流だけは大躍進、まさに一人勝です。
日中戦争が始まると都山以外も徐々に上向き、そのピークが昭和18年だと考えられます。
戦争中は音楽も厳しく統制されたイメージが有りますが、昭和18年は、まだクラシック音楽の会なんかもやられていたのです。「西洋音楽禁止」と言ったってクラシック音楽の多くはドイツ、「敵性音楽」ではなくて、言わば「同盟国音楽」。そのくらいの認識は軍部にも有りました。
ただ日本人一般の意識は「国粋」を良しとするところに傾いていましたから、この世論の急激な傾斜は当然に尺八にとっての追い風になりました。
昭和18年頃は都山流の一年間の初伝免状の発行数が二千五百です。ここ数年の都山流は三派合わせて百五十にとどいていませんので、この数字のスゴサが、新旧ともにですが御理解いただけると思います。
この世論、あるいは時代の雰囲気と言っても良いですが、これが特定の業界を押し上げ、または零落れさせる重大な要因です。敗戦からは長く「伝統文化」はカッコ悪いモノという風潮が続きました。ですが、ここにきて流れが変わりました。
もう多くの方が気がつく段階になりました。この頃なんでかテレビで「伝統文化」をよく見る、新聞が持ち上げる、外国人が興味を持つというような報道が目につく、世界各地で日本料理や日本アニメが注目されているとか聞く。
これが本当であるかどうかは別に大して意味を持たない。「本当か嘘か」の話であれば、たしかに興味を持つ人、持たれている分野が一部に有るにせよ、世界の多くの人が日本や日本文化に強い関心が有るなんていうのは眉唾でしょうよ。
重要なのは、そこに大きな意志が働いているかどうかでしょう。「伝統文化を日本の売り物にする」これがオリンピックまでの政府の意志であり、「伝統」というタブンにイカガワシサを内包しているものを、売り易い形に変えて売る。いわゆる「クールジャパン」です。
この政府方針にマスコミが協力しているからには、「伝統文化」の一部について追い風にならないわけが無い。楽器では太鼓、そして尺八です。三味線は猫や犬の皮を使う以上この対象から外れる。箏や笛には現状でも尺八ほど外国人の参入が無い。こう考えていくと、「こりゃあオリンピックまでは尺八に風が吹く」というのは、まんざら夢物語でもないでしょう・・・。
今までサンザン言ってきたことですが、既成の流会派には少しも追い風は吹きません。それは「教授産業としての尺八の終焉」という全く違う、そしてより大きな「見えざる手」が働いているのです。
盛んだった時というなら昭和10年代。そういう答えでしたが、もっと時期を詰めて言うと、昭和12年の日中戦争開始から昭和18年までらしいのです。
「昭和19年とか20年になると流石に尺八どころではないですよ」との事。
昭和に入ると経済不振、ついで世界大恐慌です。この時期は、後に人間国宝となる納富寿童でも貯金を崩して生活していたと言います。ですが驚くことに都山流だけは大躍進、まさに一人勝です。
日中戦争が始まると都山以外も徐々に上向き、そのピークが昭和18年だと考えられます。
戦争中は音楽も厳しく統制されたイメージが有りますが、昭和18年は、まだクラシック音楽の会なんかもやられていたのです。「西洋音楽禁止」と言ったってクラシック音楽の多くはドイツ、「敵性音楽」ではなくて、言わば「同盟国音楽」。そのくらいの認識は軍部にも有りました。
ただ日本人一般の意識は「国粋」を良しとするところに傾いていましたから、この世論の急激な傾斜は当然に尺八にとっての追い風になりました。
昭和18年頃は都山流の一年間の初伝免状の発行数が二千五百です。ここ数年の都山流は三派合わせて百五十にとどいていませんので、この数字のスゴサが、新旧ともにですが御理解いただけると思います。
この世論、あるいは時代の雰囲気と言っても良いですが、これが特定の業界を押し上げ、または零落れさせる重大な要因です。敗戦からは長く「伝統文化」はカッコ悪いモノという風潮が続きました。ですが、ここにきて流れが変わりました。
もう多くの方が気がつく段階になりました。この頃なんでかテレビで「伝統文化」をよく見る、新聞が持ち上げる、外国人が興味を持つというような報道が目につく、世界各地で日本料理や日本アニメが注目されているとか聞く。
これが本当であるかどうかは別に大して意味を持たない。「本当か嘘か」の話であれば、たしかに興味を持つ人、持たれている分野が一部に有るにせよ、世界の多くの人が日本や日本文化に強い関心が有るなんていうのは眉唾でしょうよ。
重要なのは、そこに大きな意志が働いているかどうかでしょう。「伝統文化を日本の売り物にする」これがオリンピックまでの政府の意志であり、「伝統」というタブンにイカガワシサを内包しているものを、売り易い形に変えて売る。いわゆる「クールジャパン」です。
この政府方針にマスコミが協力しているからには、「伝統文化」の一部について追い風にならないわけが無い。楽器では太鼓、そして尺八です。三味線は猫や犬の皮を使う以上この対象から外れる。箏や笛には現状でも尺八ほど外国人の参入が無い。こう考えていくと、「こりゃあオリンピックまでは尺八に風が吹く」というのは、まんざら夢物語でもないでしょう・・・。
今までサンザン言ってきたことですが、既成の流会派には少しも追い風は吹きません。それは「教授産業としての尺八の終焉」という全く違う、そしてより大きな「見えざる手」が働いているのです。
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