命を見る

今日、久しぶりのお客から電話が有りました。３年ぶりくらいですね。そう言うと、「癌で休んでいたんだ。まだ５年は経っていないんだけど、何時まで寝てても仕方がないから、また尺八を吹いてみようと思いましてね。ついては」、という事で六寸管の注文をいただきました。
この歳になると周りには病気持ちの方がタクサンいらしゃいます。中で癌はもう珍しくないですね。私の子供の頃は、癌と言えば死病で、その為、医者は本人には本当の病名を知らせなかったものです。私の父は癌の末期でしたが幸運にも手術が成功し、結局それから１１年生きて老衰で死にましたが、最後まで本当の病名は知りませんでした。
３９で死んだ私の尺八の後輩、４５で逝った高校時代からの友人、いずれも病名は知らされていませんでしたが、発見された時点で「手のほどこし様が無い状態」だったかららしいです。
多くのお客様が癌を抱えて、それでも明るく前向きに尺八人生を生きています。私が褒めると、「尺八は有難い、吹いてる時は病気を忘れられる」そうおっしゃる方は多いですね。その内に時間が癒してくれ、気がつくと本当に忘れるみたいです。
いずれにしろ生と死の境目を見てきた人達が明るく生きている。「誰だってそうですよ。病気のことばかり考えてはいられない」と言いますが、人間ってそういう強さを持っていますね。

私もそうですが、普段忘れているだけで「１寸先は闇」を生きているのですね。あるいは死の可能性が高まっている中でも生を見つめるのが人間なのでしょう。私の父の代の人間は、戦争で生死の境を見て潜ってきた人達だけあって、イザという時は根性が座っていました。とてもかなわない、そう一目置かざるを得ない所が有りました。

尺八の演奏中に暴漢に襲われ、それでも悠然と吹き続けた中尾都山のエピソードが有りますが、私は単純に感動します。
もっとも尺八に限らず音楽の演奏家も毎回綱渡りの人生ですよね。１回２回しくじったって仕事が来なくなるわけではありませんが、積み重ねが運命を分けます。
「お笑い」や歌手みたいに月単位で浮き沈みしないだけで、尺八でも一時だけの売れっ子で、「そう云やあアイツこの頃見ねえな、どうして暮らしているんだろう」、そういう人もいますな。
今人気の有る人だって、みんな歳をとるにしたがって将来に漠然とした不安を感じていると思います。転んで親指を折ってもサラリーマンなら大事には至りませんが、尺八家なら即人生の危機です。病気で休めば、その間は収入ゼロ。歳をとるとフリーの仕事は普通は減ります。見事に保障無しの世界です。尺八で生活を立ててきた者の多くは国民年金ですが、それすら無い人もいます。
この不安から逃れるためにこそ、社中形成と人間関係の構築が必要だったんですがね、それも過去の話になりました。これからはガチです。邦楽が教授産業から急激に実演産業に移行したので、人間関係で仕事の来る「おさらい会」と呼ばれる非コンサートの会は日を追って少なくなっています。
キリスト教徒、イスラム、あるいは上座部仏教徒などと違い、信仰を持っていない私達の場合は、自分なりの覚悟を持って命を見つめてて生きるしかないのでしょう・・・。