葡萄酒
- 2015/12/23
- 18:23
私はワインを滅多に飲みません。別段嫌いでもないのですが、マアそれよりビールで良いやということです。そもそも酒は惰性で飲んでます。休肝日は土曜と日曜ですが、酒を飲む日は旧海軍を見習って月月火水木金金と決めています。
こだわりは唯一つ、日本酒は純米酒でなければイヤです。ただ、ほかのモノを「純米だ」と言われて出されれば分かりません。ですが、そこはそれコダワリです。前に造り酒屋で酒を求めた時のこと。「お客さんは純米がお好きなんですか?」と女店員が聞くので、「酒は純米以外は飲みません。ビールも純米、ワインもウイスキーも純米に限ります」と答えたら、大まじめにビールの材料の解説をするじゃないですか。アナタ、さぞ学校のオベンキョウをイッショウケンメイにやったんでしょうね・・・。
ところで何で日本では葡萄酒が作られなかったんですかね?葡萄は遅くとも平安期には中国から入ってきていましたし、山葡萄は日本の山に自生していて太古の昔から食されています。葡萄酒の存在も平安時代の貴族、僧侶などは知っていました。「葡萄の美酒、夜光の杯」で始まる王翰の唐詩は有名ですもんね。中国カブレの貴族なんかが興味本位で作ったって不思議はないでしょうが。
だけど日本では明治になるまで作られなかった。そして長く日本人の愛飲するところとはならなかった。
日本でワインが飲まれ出したのは1970年代ですよね。その前は赤玉ポートワインを日本人はワインだと思っていました。ご丁寧に白と赤が有りました。赤玉ポートワインは、美味いかマズイかは別にして、葡萄酒に発酵途上でブランディを入れて甘さとアルコール分を確保するのがポートワインですが、それとは似ても似つかない酒です。
それが今じゃ「ワイン通」は珍しくありません。ドカタ飲み屋にはいなくとも、チョットしゃれたワインバーに行けば視界の限り「通」ばかりです。
結局オマエは「分からないくせに・・・」と言いたいんだろうって。違いますよ。分かるかどうかなんて一般人にはどうでも良い事です。私のお客にもソムリエがいますが、その方も普段飲んでいるのは1~2千円のワインで「千円もしないテクニカルワインにも美味しいと思うものは有りますよ」とのことです。
ですから「ワイン通」を称する人に安いワインと高いワインを飲ませて「判断出来なかった」と笑い者にするのは悪趣味だと思います。
ソムリエでもない一般人にとって、ワインを楽しむのにウンチクの味付けが有ったって良いでしょうが。冗談ぬきですが、ワインが味だけで急激に広まったと思いますか? 西洋崇拝の時代にも普及しなかったのに・・・。味と同時に「情報」を飲んでいるんですよ、特に自分一人で飲まない場合は。
尺八はほんの少し前までは楽器であると同時に「尺八というモノ」でした。ですからド下手オヤジがしょうもないウンチクを述べて、バカバカしい事に強いコダワリを持っていました。だから尺八界は面白ろかったんです。何度でも言いますが、私はその人達が好きでした。時にはあまりのアホらしさにヤリキレナイ思いもしましたが、他の音楽畑では見ることもない「真面目な可笑しさ」が有って、尺八って良いナアとショッチュウ思っていました。
今みたいな尺八界だと、下手な人が楽しめなくなってしまいます。ジョークの無い教室みたいです。前は学校だって勉強の出来ない生徒も御絵描きとか運動は得意とか、滑稽なふるまいで、いつも人を笑わせているとか、途方もないオヒトヨシとか、それなりに過ごせたように思うんですがね・・・。
こだわりは唯一つ、日本酒は純米酒でなければイヤです。ただ、ほかのモノを「純米だ」と言われて出されれば分かりません。ですが、そこはそれコダワリです。前に造り酒屋で酒を求めた時のこと。「お客さんは純米がお好きなんですか?」と女店員が聞くので、「酒は純米以外は飲みません。ビールも純米、ワインもウイスキーも純米に限ります」と答えたら、大まじめにビールの材料の解説をするじゃないですか。アナタ、さぞ学校のオベンキョウをイッショウケンメイにやったんでしょうね・・・。
ところで何で日本では葡萄酒が作られなかったんですかね?葡萄は遅くとも平安期には中国から入ってきていましたし、山葡萄は日本の山に自生していて太古の昔から食されています。葡萄酒の存在も平安時代の貴族、僧侶などは知っていました。「葡萄の美酒、夜光の杯」で始まる王翰の唐詩は有名ですもんね。中国カブレの貴族なんかが興味本位で作ったって不思議はないでしょうが。
だけど日本では明治になるまで作られなかった。そして長く日本人の愛飲するところとはならなかった。
日本でワインが飲まれ出したのは1970年代ですよね。その前は赤玉ポートワインを日本人はワインだと思っていました。ご丁寧に白と赤が有りました。赤玉ポートワインは、美味いかマズイかは別にして、葡萄酒に発酵途上でブランディを入れて甘さとアルコール分を確保するのがポートワインですが、それとは似ても似つかない酒です。
それが今じゃ「ワイン通」は珍しくありません。ドカタ飲み屋にはいなくとも、チョットしゃれたワインバーに行けば視界の限り「通」ばかりです。
結局オマエは「分からないくせに・・・」と言いたいんだろうって。違いますよ。分かるかどうかなんて一般人にはどうでも良い事です。私のお客にもソムリエがいますが、その方も普段飲んでいるのは1~2千円のワインで「千円もしないテクニカルワインにも美味しいと思うものは有りますよ」とのことです。
ですから「ワイン通」を称する人に安いワインと高いワインを飲ませて「判断出来なかった」と笑い者にするのは悪趣味だと思います。
ソムリエでもない一般人にとって、ワインを楽しむのにウンチクの味付けが有ったって良いでしょうが。冗談ぬきですが、ワインが味だけで急激に広まったと思いますか? 西洋崇拝の時代にも普及しなかったのに・・・。味と同時に「情報」を飲んでいるんですよ、特に自分一人で飲まない場合は。
尺八はほんの少し前までは楽器であると同時に「尺八というモノ」でした。ですからド下手オヤジがしょうもないウンチクを述べて、バカバカしい事に強いコダワリを持っていました。だから尺八界は面白ろかったんです。何度でも言いますが、私はその人達が好きでした。時にはあまりのアホらしさにヤリキレナイ思いもしましたが、他の音楽畑では見ることもない「真面目な可笑しさ」が有って、尺八って良いナアとショッチュウ思っていました。
今みたいな尺八界だと、下手な人が楽しめなくなってしまいます。ジョークの無い教室みたいです。前は学校だって勉強の出来ない生徒も御絵描きとか運動は得意とか、滑稽なふるまいで、いつも人を笑わせているとか、途方もないオヒトヨシとか、それなりに過ごせたように思うんですがね・・・。
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