古本屋
- 2016/02/20
- 22:05
50年前には高田馬場から早稲田大学の正門前(だけど正門って無いですよ)までの約2キロの道筋に古本屋が30~40軒は有ったものです。私が中学2年の1964年に地下鉄東西線が開通しましたが、その前はバス。もっとも雨でも降らないかぎり、時間の惜しい行きはともかく、帰りは歩いたものです。
歩きながら古本屋をひやかすわけです。金の無い中学高校生ですから買うのは文庫本、腹が空いていれば一楽あたりで50円の湯麵を啜ってオシマイ。誰もが食欲優先でしたわ。教師は「ソバを食う金が有ったら本を買え」とか言っていましたがね、タワゴトですよタワゴト。もう人間として枯れはじめたアンタらと違い、若い時は、睡眠欲、食欲、性欲が一番大切なのです。このあたりの価値観の移動は今は分かる。もう私も枯れはじめましたからね・・・。
趣味というのも一種の「自己表現」なのでしょう、勉強を趣味にしていた連中は代わりに睡眠欲を、他の趣味の者は買い食いを控えて趣味に当てていました。私の場合は趣味で銭稼ぎが出来たので何も削る事も無かったですけどね・・・。
大学時代も少し歩くと日本一の古本の街、神田神保町ですからね。本屋も、大学では専門性をもちますので、そういう古書店に行くわけですが、途中の店も冷やかしますので、神保町に行くとなると半日は潰れましたな。
今はインターネットで探せますからホント手間いらずですが、この古本屋巡りも楽しいものですぜ。本命の本を探している途中で、フト他の本が目について買ってしまい、新たな興味の分野が拡がったりもしました。
神保町の古本屋街に、古い尺八のレコードと譜面、それと尺八関連の刊行物を扱っている店が有ったんですよ。時々買いましたがね、その多くは散逸してしまいました。だって29までは尺八を商売にするとは思っていなかったのですもの。
初代都山の死後間もなく出た都山の「内幕暴露本」なんか、今ならチョットしたお値打ちではなかったですかね。
残っている物も改めて読み返したら面白い事が見つかるかも知れません。
興隆期の都山流の「楽報」なんか良いですね。書いてあることの当否はトモカク、興隆する組織の「天を衝く意気」が感じられて・・・。
それとは別に、著名な初代都山の「お友達学者」なんか、「都山はヒットラーよりエライ」とか書いていて時代が感じられますが、「日本文化こそが世界文化の源流」なんてのも有りまして、今の韓国の「ウリジナル」同様、ステップアップした社会のある中途段階で出てくる現象と、むしろ肯定的に受け止められます。
今の邦楽関係の出版物はどうですか、右を向いても左を向いても当たり障りの無い事ばかり。オイ、『邦楽ジャーナル』さんよ、そろそろ根性を見せんかい。
チョット気に障る事を書くと、すぐ抗議と「協力しない」との脅しをかける連中も連中ですが、ここは判断。もう大きな組織も言うほどの統制力を持っていないのではないか。尺八に関してだけ言えば、社会経験の豊富な人が中心の世界ですから、「見解の相違」に類することで裁判にまで発展する事はマズ無いと思います。
読者って今だけでは無く、後世どう読まれるかも重要じゃない?
歩きながら古本屋をひやかすわけです。金の無い中学高校生ですから買うのは文庫本、腹が空いていれば一楽あたりで50円の湯麵を啜ってオシマイ。誰もが食欲優先でしたわ。教師は「ソバを食う金が有ったら本を買え」とか言っていましたがね、タワゴトですよタワゴト。もう人間として枯れはじめたアンタらと違い、若い時は、睡眠欲、食欲、性欲が一番大切なのです。このあたりの価値観の移動は今は分かる。もう私も枯れはじめましたからね・・・。
趣味というのも一種の「自己表現」なのでしょう、勉強を趣味にしていた連中は代わりに睡眠欲を、他の趣味の者は買い食いを控えて趣味に当てていました。私の場合は趣味で銭稼ぎが出来たので何も削る事も無かったですけどね・・・。
大学時代も少し歩くと日本一の古本の街、神田神保町ですからね。本屋も、大学では専門性をもちますので、そういう古書店に行くわけですが、途中の店も冷やかしますので、神保町に行くとなると半日は潰れましたな。
今はインターネットで探せますからホント手間いらずですが、この古本屋巡りも楽しいものですぜ。本命の本を探している途中で、フト他の本が目について買ってしまい、新たな興味の分野が拡がったりもしました。
神保町の古本屋街に、古い尺八のレコードと譜面、それと尺八関連の刊行物を扱っている店が有ったんですよ。時々買いましたがね、その多くは散逸してしまいました。だって29までは尺八を商売にするとは思っていなかったのですもの。
初代都山の死後間もなく出た都山の「内幕暴露本」なんか、今ならチョットしたお値打ちではなかったですかね。
残っている物も改めて読み返したら面白い事が見つかるかも知れません。
興隆期の都山流の「楽報」なんか良いですね。書いてあることの当否はトモカク、興隆する組織の「天を衝く意気」が感じられて・・・。
それとは別に、著名な初代都山の「お友達学者」なんか、「都山はヒットラーよりエライ」とか書いていて時代が感じられますが、「日本文化こそが世界文化の源流」なんてのも有りまして、今の韓国の「ウリジナル」同様、ステップアップした社会のある中途段階で出てくる現象と、むしろ肯定的に受け止められます。
今の邦楽関係の出版物はどうですか、右を向いても左を向いても当たり障りの無い事ばかり。オイ、『邦楽ジャーナル』さんよ、そろそろ根性を見せんかい。
チョット気に障る事を書くと、すぐ抗議と「協力しない」との脅しをかける連中も連中ですが、ここは判断。もう大きな組織も言うほどの統制力を持っていないのではないか。尺八に関してだけ言えば、社会経験の豊富な人が中心の世界ですから、「見解の相違」に類することで裁判にまで発展する事はマズ無いと思います。
読者って今だけでは無く、後世どう読まれるかも重要じゃない?
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