摘草
- 2016/03/25
- 21:25
明治から戦前にかけて活躍した菊原琴治検校、初子先生のお父上ですが、この人の作曲にに「四つもの」と言われる曲が有ります。「摘草」、「最中の月」、「雲の峰」そして「銀世界」です。私はこのうち「雲の峰」は演奏したことが有りません。
いずれも手は難しくない曲で、日頃の練習では大学2年で吹いていました。お弟子さんが来るようになってからは、「最中の月」、「銀世界」はよくレッスンに使用しました。どちらも7,8分の曲ですから。「摘草」は12,3分かかりますが、大学生なら尺八のキャリア1年で吹けるはずです。
実際のほうの「摘草」は今ではやってる人なんているのでしょうか?蓬くらいは積んで草餅を作りますかね。私の子供の頃はやりましたよ。けれど、いにしえの王朝人みたいに風流心なんか有りません。鶏や鳩を飼っていた子供が多かったので、ハコベなんかよく積みました。
そのついでに家庭に持ち帰って食べるのです。幸いに、子供時代をすごした二子玉川は山、川、野すべて揃っていました。多摩川の畔に行くと30~40センチくらいある草魚の生きているのが一匹20円で売ってたんですよ。いかに昭和30年代半ばとは言え安すぎますよ。でも草魚は人気が無くて誰も買わないから安いんです。たまたまコズカイ持ってた子供が金を出して買ってきて、当時はどこの子供もやっていた焚火で料理しました。料理といっても鍋にブツ切りにした草魚と摘草の野草を入れて味噌汁にするのです。「美味かったか?」って、憶えていませんよ。タブンたいして美味しくなかったんだと思いますよ。でも子供達ばかり5,6人でやるんですから楽しくないはずがないじゃありませんか。
こういう話を平成の「検校」、中井猛先生にしたところ、いや待って、少し脚色して綺麗な話にしました、幸田露伴が随筆で書いている摘草の様子、焼き味噌と酒の入った瓢箪を持って春の野に出て、積んだ草を肴に一杯やる、そう話たら「ええなあ、是非やってみたいな」という話から、ぜひ小田原に来て、中井先生も大好きな香川さんと一緒に、けがらわしい所に行って、そして、その後で摘草をやろうという話になりました。言っときますが話の勢いで、実は私も小田原に来てからはやったことありません。けがらわしい所も摘草も・・・。
あれから20年、とうとう実現しないまま香川一朝さんも中井猛先生も逝ってしまいました。たまたま昼に外で菜の花の天麩羅で軽く一杯やっていて思い出しましたよ。これから寝るまで少し間が有りますから「摘草」を聴きましょうかね。
(ついでにウンチク) 幸田露伴のペンネーム、ロハンは若い頃に北海道から東京まで歩いて帰って来て、危うく行き倒れになった経験から付いたものです。「露のとも」には摘草の綺麗なイメージは有りません。
コウダといえば歌手の倖田來未。お爺さんが琴古の尺八家だったことは有名ですよね。でも彼女の結婚前の姓は神田(こうだ)です。
いずれも手は難しくない曲で、日頃の練習では大学2年で吹いていました。お弟子さんが来るようになってからは、「最中の月」、「銀世界」はよくレッスンに使用しました。どちらも7,8分の曲ですから。「摘草」は12,3分かかりますが、大学生なら尺八のキャリア1年で吹けるはずです。
実際のほうの「摘草」は今ではやってる人なんているのでしょうか?蓬くらいは積んで草餅を作りますかね。私の子供の頃はやりましたよ。けれど、いにしえの王朝人みたいに風流心なんか有りません。鶏や鳩を飼っていた子供が多かったので、ハコベなんかよく積みました。
そのついでに家庭に持ち帰って食べるのです。幸いに、子供時代をすごした二子玉川は山、川、野すべて揃っていました。多摩川の畔に行くと30~40センチくらいある草魚の生きているのが一匹20円で売ってたんですよ。いかに昭和30年代半ばとは言え安すぎますよ。でも草魚は人気が無くて誰も買わないから安いんです。たまたまコズカイ持ってた子供が金を出して買ってきて、当時はどこの子供もやっていた焚火で料理しました。料理といっても鍋にブツ切りにした草魚と摘草の野草を入れて味噌汁にするのです。「美味かったか?」って、憶えていませんよ。タブンたいして美味しくなかったんだと思いますよ。でも子供達ばかり5,6人でやるんですから楽しくないはずがないじゃありませんか。
こういう話を平成の「検校」、中井猛先生にしたところ、いや待って、少し脚色して綺麗な話にしました、幸田露伴が随筆で書いている摘草の様子、焼き味噌と酒の入った瓢箪を持って春の野に出て、積んだ草を肴に一杯やる、そう話たら「ええなあ、是非やってみたいな」という話から、ぜひ小田原に来て、中井先生も大好きな香川さんと一緒に、けがらわしい所に行って、そして、その後で摘草をやろうという話になりました。言っときますが話の勢いで、実は私も小田原に来てからはやったことありません。けがらわしい所も摘草も・・・。
あれから20年、とうとう実現しないまま香川一朝さんも中井猛先生も逝ってしまいました。たまたま昼に外で菜の花の天麩羅で軽く一杯やっていて思い出しましたよ。これから寝るまで少し間が有りますから「摘草」を聴きましょうかね。
(ついでにウンチク) 幸田露伴のペンネーム、ロハンは若い頃に北海道から東京まで歩いて帰って来て、危うく行き倒れになった経験から付いたものです。「露のとも」には摘草の綺麗なイメージは有りません。
コウダといえば歌手の倖田來未。お爺さんが琴古の尺八家だったことは有名ですよね。でも彼女の結婚前の姓は神田(こうだ)です。
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