成金
- 2016/06/05
- 17:18
先週、私の所にいつもの漆屋さんが廻って来ました。精算、注文のついでに例のごとく情報交換です。
漆の需要は、ここ40年で十分の一になっていますが、ここにきて、ほんの少し持ち直しているそうです。理由は鉄瓶や茶釜だそうです。
中国での喫茶(日本の茶道みたいなもの)ブームを受けて上等な鉄瓶や茶釜がバカ売れだそうで、現在の生産量だと数年分の注文が有るそうです。それに表面仕上げとして漆を焼き付ける為、漆屋もささやかながら潤っているという事でした。
中国、この13億の巨大な国は、はっきり言うと「成金国家」です。つい40年前には全員が人民服で、貧富の格差は無かったものの、各種の経済数値は最貧国並みでした。30年前でも、さすがにもう全員人民服では無いまでも、自由のアリガタサを実感するには、まだ到底所得が追い付いていませんでした。
20年前だと、ようやく中進国の段階ですかね。中国の経済統計の信頼性はイマイチですが、その頃ですと日本の三分の一、一人あたりの所得で三十分の一位まではきていたようです。
今は本当のところでどうでしょう?全体の経済規模は日本の2割か3割大きい、一人あたりで日本人の15パーセントという線が固いのではないですかね。
それで消費意欲が爆発しています。
これ、私くらいの年代の者は思い出しますよ。昭和30年というと日本は「貧乏国」と自分で言ってました。昭和10年程度の経済レベルですもんね。今のインドほど酷くはないが、現在のベトナムくらいの生活レベルでしたかね?。
昭和40年になるとアジアでは群を抜く経済大国。でもまだまだでした。そういえば当時はよく聞いたな、「ベネズエラ以下(一人あたりで)だ」って。
昭和50年になると、もうドッカラ見ても経済大国。しかも戦前の様に「世界3大強国」と自称していても、一人あたりではアメリカの七分の一、ドイツの三分の一なんてことは無く、肩で風を切らないまでも、堂々と先進国首脳会議に出席していました。
この間、日本では「一億総成金現象」が起こっていました。昭和30年では夢でしかなかった自家用車、家電が作れば売れる状態になり、平均月収の数カ月分はする英語の百科事典が単に応接間の家具としてバカ売れし、宝石や装身具とかが仕入れ値の数十倍の値段で飛ぶように売れていました。戦前での都会生活は、かなり稼ぎの有った者でも借家住いが普通でしたが、「持ち家志向」で不動産も売れに売れました。
マナーも向上し、昭和40年には当たり前だった、所かまわずの立小便、痰吐き、ゴミのポイ捨て、往来や駅での大人同士の怒鳴り合い、行列での割り込み、ドカタや酔っ払いの常習的セクハラ。こういった見なれた風景も昭和50年には珍しくなっていました。
今、この昭和40年ころの日本に酷似した現象が起きているのが中国です。私の店との代理店契約を希望する楽器商達は「尺八が足らなくて困っている」と言います。中古尺八はヒドイモノが多い、新管は高すぎる。
分かりますけど、本当かいな?
3年前のミュージックチャイナに参加した直後には、中国各地から引き合いや展示会の誘いが殺到しました。今でも同様のメールは日に何軒も入ります。
ネックとなるのは価格と納品でしょう。価格は私以外にはクリアするのは難しいかも分かりません。納品は私にとっても解決出来ていません。
日本の客やヨーロッパのエージェントにすら迷惑をかけている状態では、まだ不確定要素の大きい中国を優先するわけにはいきませんから。
今のこの状態が、もう少し広く知られるまでになると、私よりもっと知恵も資本もノウハウも持った所が出て来てくれるのではないかと期待しています。(ヤマハさん、アンタの事ですよ)
「オマエの顧客を取られる事態を期待するわけがない」と言いますかね。失礼ながら経済学を知っていれば、それは全く逆だと分かりますがな。
消費に目覚めた旺盛な需要は、満たす事でさらなる拡大を呼ぶ。成熟した需要と違って、満たさない状態が続くと違う方面に向かってしまいます。
他人がどうであれ、私はこのチャンスに指を咥えることはしません。
漆の需要は、ここ40年で十分の一になっていますが、ここにきて、ほんの少し持ち直しているそうです。理由は鉄瓶や茶釜だそうです。
中国での喫茶(日本の茶道みたいなもの)ブームを受けて上等な鉄瓶や茶釜がバカ売れだそうで、現在の生産量だと数年分の注文が有るそうです。それに表面仕上げとして漆を焼き付ける為、漆屋もささやかながら潤っているという事でした。
中国、この13億の巨大な国は、はっきり言うと「成金国家」です。つい40年前には全員が人民服で、貧富の格差は無かったものの、各種の経済数値は最貧国並みでした。30年前でも、さすがにもう全員人民服では無いまでも、自由のアリガタサを実感するには、まだ到底所得が追い付いていませんでした。
20年前だと、ようやく中進国の段階ですかね。中国の経済統計の信頼性はイマイチですが、その頃ですと日本の三分の一、一人あたりの所得で三十分の一位まではきていたようです。
今は本当のところでどうでしょう?全体の経済規模は日本の2割か3割大きい、一人あたりで日本人の15パーセントという線が固いのではないですかね。
それで消費意欲が爆発しています。
これ、私くらいの年代の者は思い出しますよ。昭和30年というと日本は「貧乏国」と自分で言ってました。昭和10年程度の経済レベルですもんね。今のインドほど酷くはないが、現在のベトナムくらいの生活レベルでしたかね?。
昭和40年になるとアジアでは群を抜く経済大国。でもまだまだでした。そういえば当時はよく聞いたな、「ベネズエラ以下(一人あたりで)だ」って。
昭和50年になると、もうドッカラ見ても経済大国。しかも戦前の様に「世界3大強国」と自称していても、一人あたりではアメリカの七分の一、ドイツの三分の一なんてことは無く、肩で風を切らないまでも、堂々と先進国首脳会議に出席していました。
この間、日本では「一億総成金現象」が起こっていました。昭和30年では夢でしかなかった自家用車、家電が作れば売れる状態になり、平均月収の数カ月分はする英語の百科事典が単に応接間の家具としてバカ売れし、宝石や装身具とかが仕入れ値の数十倍の値段で飛ぶように売れていました。戦前での都会生活は、かなり稼ぎの有った者でも借家住いが普通でしたが、「持ち家志向」で不動産も売れに売れました。
マナーも向上し、昭和40年には当たり前だった、所かまわずの立小便、痰吐き、ゴミのポイ捨て、往来や駅での大人同士の怒鳴り合い、行列での割り込み、ドカタや酔っ払いの常習的セクハラ。こういった見なれた風景も昭和50年には珍しくなっていました。
今、この昭和40年ころの日本に酷似した現象が起きているのが中国です。私の店との代理店契約を希望する楽器商達は「尺八が足らなくて困っている」と言います。中古尺八はヒドイモノが多い、新管は高すぎる。
分かりますけど、本当かいな?
3年前のミュージックチャイナに参加した直後には、中国各地から引き合いや展示会の誘いが殺到しました。今でも同様のメールは日に何軒も入ります。
ネックとなるのは価格と納品でしょう。価格は私以外にはクリアするのは難しいかも分かりません。納品は私にとっても解決出来ていません。
日本の客やヨーロッパのエージェントにすら迷惑をかけている状態では、まだ不確定要素の大きい中国を優先するわけにはいきませんから。
今のこの状態が、もう少し広く知られるまでになると、私よりもっと知恵も資本もノウハウも持った所が出て来てくれるのではないかと期待しています。(ヤマハさん、アンタの事ですよ)
「オマエの顧客を取られる事態を期待するわけがない」と言いますかね。失礼ながら経済学を知っていれば、それは全く逆だと分かりますがな。
消費に目覚めた旺盛な需要は、満たす事でさらなる拡大を呼ぶ。成熟した需要と違って、満たさない状態が続くと違う方面に向かってしまいます。
他人がどうであれ、私はこのチャンスに指を咥えることはしません。
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