麺
- 2016/08/27
- 22:14
ウドンは不思議ですね。基本的には小麦、塩、水です。それでいてかなりのバリエーションが有ります。どこで始まったのかは知りませんが、日本には中国から伝わったのでしょう。
日本が東の果て、朝鮮、中国、東南アジアといってビルマが果て。そして突如としてイタリアに現れる。途中の国で普及しなかったのは何かわけが有りましょうか?
中国に小麦が伝わったのは2100年前位と言われていますが、小麦を使った食品は、おおむね「胡食」とされていますから、シルクロードからの伝来でしょう。
7,8世紀になって水車が普及して粉に容易くひけるようになって、麺が広まったらしいのです。
40年前ですと、日本に来る外国人はまだ少なく、立ち食い蕎麦屋に外人が立っている等はマズ見ませんでした。そうでなくたって、うどん屋蕎麦屋、ラーメン屋で食事していて外国人と同席した記憶はありません、
今は珍しくないですが、その中で日本蕎麦屋が一番外国人が少ないと思います。私の見た範囲では、これは外国に出店している数でも同様です。日本蕎麦は最も少ない。
と言うより、はっきり言えばラーメンの圧勝です。何故か? 言わずと知れた事。ラーメン業界は縛りが無いからです。
脱サラして即開業可能、味やバリエーションは何でも有。それで開業して1年以内に3割以上が潰れ、5年経つと3軒に一つしか残っていない。誠にシビアな世界です。
誰でも始められる事に批判意見も有ります。「だからマズイ店が多いんだ」。でもマズイ店は的確に淘汰される事も事実ですし、それを言うなら、日本蕎麦で暖簾で老舗で修行した事を示している店だって、かなり問題ありの所だって多いです。
尺八もホンの40年前までは老舗の暖簾が何より大事でした。何々流師範、少なくても会に属している。こうでないとイロイロな支障が有りました。
当時の技術水準では、間違いなく尺八で日本の最高レベルにあった、牧原伸一郎さん、今の一路さんですが、彼だって暖簾を問題にされて、腹立ちのあまり、「僕腹立つよ」で牧原龍世(ボクハラタツヨ)を名乗ったという有名なエピソードが有ります。
私も地方の尺八吹きに頼まれて琴古流の免状を乱発した事が有ります。
「演奏会に出て会に所属してないと下っ端あつかいを受けるんですよ」。フーンそうですか。
「私達も先生扱いを受けたい」。 なら簡単ですよ。自分で名乗れば良いじゃないですか。
「そんな事は出来ませんよ」。 邦楽界を買い被っていますね。大丈夫です。
「お金は払いますから先生が出してもらえませんか?」 お金は要りませんけど、欲しければ出しますよ。
尺八界の事情を知っていれば何の問題も無いと分かります。都山流はダメ。組織がしっかりしていて名簿が存在しています。強いてなら、都山流○○会という様な独立社中を名乗る手が有りますが、糸方の扱いは場合によっては、さらに落とされる。これはデタラメの流派名を名乗って、そこの師範だと言っても同じ。技術のレベルではなく、もう一つのレベル(反逆者)が問題視されるんですよ。
世界が細分化されている民謡界なら大丈夫ですが、古典系はいくら何でも、もう少しは共有情報が有ります。
コツは琴古ですよ。琴古の会を名乗れば「琴古流」だと言うだけで信用されます。本当にそういう会が有るかどうかなんて、私だって分からない以上、宇宙に分かる人なんて存在しない。「地球に来る宇宙人が存在しない」以上に確かです。
そういう分けで免状が多数出ましたが、後で問題になった事など、当たり前ですが1件も有りません。
懐かしい時代の話ですよ。今では「免状をもって先生と呼ばれたい」という様な純情な人もいなくなりました。暖簾が重視されないで時代すもの。そりゃあラーメン屋だって有名店の看板を出している所は有りますよ。それがイカンなんて全然思ってもいません。
ようするに縛りが無い、何でも有りの時代になったという事ですよ。
「ちゃんと修行しない輩が増えると尺八がすたれる」とも、もう聞かなくなりました。「ちゃんと修行」して尺八をすたれさせた人が多いですからね。
ラーメン屋で分かりますよ。日本蕎麦に勝つのは当たり前。いろんなアイデアを持って自己責任で世に問う。結論は客が出します。
日本が東の果て、朝鮮、中国、東南アジアといってビルマが果て。そして突如としてイタリアに現れる。途中の国で普及しなかったのは何かわけが有りましょうか?
中国に小麦が伝わったのは2100年前位と言われていますが、小麦を使った食品は、おおむね「胡食」とされていますから、シルクロードからの伝来でしょう。
7,8世紀になって水車が普及して粉に容易くひけるようになって、麺が広まったらしいのです。
40年前ですと、日本に来る外国人はまだ少なく、立ち食い蕎麦屋に外人が立っている等はマズ見ませんでした。そうでなくたって、うどん屋蕎麦屋、ラーメン屋で食事していて外国人と同席した記憶はありません、
今は珍しくないですが、その中で日本蕎麦屋が一番外国人が少ないと思います。私の見た範囲では、これは外国に出店している数でも同様です。日本蕎麦は最も少ない。
と言うより、はっきり言えばラーメンの圧勝です。何故か? 言わずと知れた事。ラーメン業界は縛りが無いからです。
脱サラして即開業可能、味やバリエーションは何でも有。それで開業して1年以内に3割以上が潰れ、5年経つと3軒に一つしか残っていない。誠にシビアな世界です。
誰でも始められる事に批判意見も有ります。「だからマズイ店が多いんだ」。でもマズイ店は的確に淘汰される事も事実ですし、それを言うなら、日本蕎麦で暖簾で老舗で修行した事を示している店だって、かなり問題ありの所だって多いです。
尺八もホンの40年前までは老舗の暖簾が何より大事でした。何々流師範、少なくても会に属している。こうでないとイロイロな支障が有りました。
当時の技術水準では、間違いなく尺八で日本の最高レベルにあった、牧原伸一郎さん、今の一路さんですが、彼だって暖簾を問題にされて、腹立ちのあまり、「僕腹立つよ」で牧原龍世(ボクハラタツヨ)を名乗ったという有名なエピソードが有ります。
私も地方の尺八吹きに頼まれて琴古流の免状を乱発した事が有ります。
「演奏会に出て会に所属してないと下っ端あつかいを受けるんですよ」。フーンそうですか。
「私達も先生扱いを受けたい」。 なら簡単ですよ。自分で名乗れば良いじゃないですか。
「そんな事は出来ませんよ」。 邦楽界を買い被っていますね。大丈夫です。
「お金は払いますから先生が出してもらえませんか?」 お金は要りませんけど、欲しければ出しますよ。
尺八界の事情を知っていれば何の問題も無いと分かります。都山流はダメ。組織がしっかりしていて名簿が存在しています。強いてなら、都山流○○会という様な独立社中を名乗る手が有りますが、糸方の扱いは場合によっては、さらに落とされる。これはデタラメの流派名を名乗って、そこの師範だと言っても同じ。技術のレベルではなく、もう一つのレベル(反逆者)が問題視されるんですよ。
世界が細分化されている民謡界なら大丈夫ですが、古典系はいくら何でも、もう少しは共有情報が有ります。
コツは琴古ですよ。琴古の会を名乗れば「琴古流」だと言うだけで信用されます。本当にそういう会が有るかどうかなんて、私だって分からない以上、宇宙に分かる人なんて存在しない。「地球に来る宇宙人が存在しない」以上に確かです。
そういう分けで免状が多数出ましたが、後で問題になった事など、当たり前ですが1件も有りません。
懐かしい時代の話ですよ。今では「免状をもって先生と呼ばれたい」という様な純情な人もいなくなりました。暖簾が重視されないで時代すもの。そりゃあラーメン屋だって有名店の看板を出している所は有りますよ。それがイカンなんて全然思ってもいません。
ようするに縛りが無い、何でも有りの時代になったという事ですよ。
「ちゃんと修行しない輩が増えると尺八がすたれる」とも、もう聞かなくなりました。「ちゃんと修行」して尺八をすたれさせた人が多いですからね。
ラーメン屋で分かりますよ。日本蕎麦に勝つのは当たり前。いろんなアイデアを持って自己責任で世に問う。結論は客が出します。
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