お客から電話で聞かれました。「キュウコウ流という流派が有るらしいのですが、どういう流か知っていたら教えて下さい」。
タブン牧原一路さんの「吸江流」の事を言ってるんだと思いますので聞き返すと、「名古屋あたりにあるそうです」と客。
そこで、こう答えました。
なら間違いないですよ。ただ、これは流としての実質が有るわけではなく、たぶんに牧原さんのシャレだと思います。彼は九孔尺八を使っているので、それで「キュウコウ流」です。そして、冗談が好きな牧原さんは、また禅にも宗教家なみに詳しい人ですから、シャレで吸江とあてたんだと思います。
牧原さんは九孔尺八を使っていますが、この楽器を使う人って極めて珍しいのです。5孔を10とすれば7孔の人は1か、良くて2でしょう。だけど9孔尺八となると7孔のさらに? 割合が出せないくらい少ないですよ。尺八人口を大雑把に3万人として、7孔が3千から6千としましょう。それで9孔となると、どう考えても百人なんていませんぜ。
プロだと牧原さんと杉沼左千雄さんしか私は知りませんが、これまで一般の尺八家に依頼されて7,8本作っていますから、何人か、あるいは何十人かはいらっしゃるんでしょう。
7孔尺八は5孔に孔を二つ追加するだけですが、9孔は中継ぎの位置とか内径のバランスとかが有り、とても作るのが厄介です。それに、これを使いこなすのは至難の業です。牧原さんや杉沼さんクラスでないと、ただ孔が多いだけのキワモノ狙いになりかねません。
私のお客で「7孔に変えたい」と言って改造を依頼してくる人達がいますが、その大半が「5孔だとメリが難しいから」というのが理由です。しかし、9孔となると、もはやそう言う人は1人もいません。自分の音楽観にもとずいて「9孔が必要」と考えたのです。
牧原さんの吸江流に戻りますが、この言葉は盛唐期の禅僧、馬祖道一の「一口吸尽西江水(一口に西江の水を吸い尽くす)」が本ですが、「何物にも捉われない人とは誰ですか?」の問いへの答えです。
解釈は禅語ですから幾つも有りますが、まあ「万物と抵抗なく一体化する」という風に漠然と思っておけば良いんではないですかね。
たしか表千家の10代目が吸江斎を名乗っていました。茶道の千家は表、裏、武者小路と有りますが、一番大きいのが裏千家です。戦後に急拡大しましたが、ヒケツは学校の部活に茶道を持ちこんだ事が最大要因です。
尺八だって戦後は大学の部活が支えたんですよ。その証拠にプロの名前を挙げて御覧なさいな、近年の芸大卒を除いたら大学クラブ出身ばかりではないですか。
ここからは「週刊誌タイザン」です。
大学は牧原さんは慶応、杉沼さんは独協です。九孔尺八は最初からではないのです。牧原さんは堀井小二朗門下で土曜会のエースとして7孔尺八を吹いていました。余談ですが、皆が牧原さんは堀井先生のお嬢さんと結婚すると思っていました。それほど堀井先生に可愛がられていました。
堀井小二朗と言っても、もう通じる人が少なくなって残念です。7孔尺八の普及は、この人無くして有り得なかったと思います。実際に普及に一番功が有ったのは宮田耕八朗ですが、宮田さんも堀井先生の影響で7孔を採用したのですから。
民謡の方なら「十勝馬唄」は誰でも知ってるはずですが、この唄は堀井先生の作です。また映画「二十四の瞳」で使われた尺八曲「瞳」も米谷ではよく吹かれています。
この方の祖父は有名な福沢諭吉です。その縁で一時、諭吉が創業に関わった明治ゴムという会社に勤めていました。この明治ゴムからは有名尺八家が、もう一人出ています。答えは中村明一さん。
一方、杉沼さんは山口五郎門下で内弟子扱いを受けていたほどの古典の名手でした。それがどうも山口先生の奥様と折り合いが悪かったようで、古典も5孔も「吹くのが辛くなった」という事です。
つまり音楽的に必然が有ってお二人とも9孔を吹いているわけで、「7孔9孔は邪道。古典を吹かないと本物の尺八ではない」とノタマウおじさん、試しにこの二人の古典を聴いてみなさいな。ピカピカの本物だから。古典でも日本屈指の人達ですよ。
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