人の道って?
- 2016/10/13
- 22:56
戦前は良い悪いは別にして、「忠君愛国」のように誰でもが「これだけは正しい」と示せるモノが有りました。極く一部の人間は承服していないにせよ、それに反対を表明すれば摩擦が多い。
軍国主義がハバをきかせる様になってからは、「反対」なんて言うのは命がけです。たとえば昭和18年に、そういう事を言ったとしましょうよ、まずは顔の形が変わるほど殴られて、良くて監獄送り、悪くすれば死刑です。(治安維持法で死刑になった人はいませんが、そのかわり「殴ってたら死んじゃった」という事実上の死刑が有りました)。
ともかく、その頃は秩序という事が絶対でした。ですから「弟子は師匠を尊重しなければならない」とは誰も言いません。当たり前の事だからです。
私達の時代にも名残は有って、学校の先生には余程のワルでも従順でした。私の高校で「一番のワル」と評判の者が5,6人いましたが、だいたい気の良いヤツばかりで、皆にも教師にも愛されていました。余談ですが、教師や父兄の前だけは「良い子」で陰にまわると悪と言うヤツは皆が嫌っていました。高校生ぐらいでは長い間に渡って皆をたぶらかす芸当は出来ませんや。
芸事の世界の師弟関係は、私達の頃は学校の教師生徒の関係より上で、言わば絶対的なものでした。どうしても納得のいかない事は疑問の意見を述べましたが、そういう事はメッタに有りません。芸の上での事では皆無です。
ですから幸運だったんですよ。私達大学生は当時としては例外的に師匠の芸域を心の底から信頼出来ましたからね。
これからの尺八界って大変ですわ、師匠と弟子が教授者と被教授者の関係に変わりました。つまりレッスンと月謝で完結する関係です。
今はまだ時代の変わり目ですから、前の師弟感覚も残っていますが、流派会派に新人が入らない「教授産業の終焉」は、もう多くの人が認める段階にまで来てしまいました。
ではどうなるのか?。分かるでしょう、アナタが英会話を習っているとして、教師は「恩師」ですか?。教わる事項を越えて行動規範に対しても指導を受けたいと思いますか?
プロを目指す人だけは別ですよ、まだまだ邦楽では縦系列を完全には無視できません。でも、もう一般の人相手では、どんなに良くてもコーチどまりですね。
尺八を吹く外国人は師匠に対する態度は非常に丁寧です。でも稽古を離れるとザックバランです。もう日本の尺八界もこの方向に進んでいると見て間違い有りません。
社会経験の豊富な成人男性を構成の主体とする尺八の場合、教授産業としての邦楽を成り立たせていた「人の道である礼儀を身につける」という師匠の側の言い分は、本当はとっくに信じられてはいませんでした。「世間知らずの邦楽家より自分達の方が良く知っている」が本音です。
でも、人が形だけでも師匠の言い分を尊重していたからこそ昭和までは流が何とか保ったんです。「人の道」の基準が雑多になった世代が段々と多くなったんですもの、もうダメですよ。
では流や会が生き残る道もはっきり分かります。オトナ相手なんですから「学校」ではなく「塾」になるのです。
軍国主義がハバをきかせる様になってからは、「反対」なんて言うのは命がけです。たとえば昭和18年に、そういう事を言ったとしましょうよ、まずは顔の形が変わるほど殴られて、良くて監獄送り、悪くすれば死刑です。(治安維持法で死刑になった人はいませんが、そのかわり「殴ってたら死んじゃった」という事実上の死刑が有りました)。
ともかく、その頃は秩序という事が絶対でした。ですから「弟子は師匠を尊重しなければならない」とは誰も言いません。当たり前の事だからです。
私達の時代にも名残は有って、学校の先生には余程のワルでも従順でした。私の高校で「一番のワル」と評判の者が5,6人いましたが、だいたい気の良いヤツばかりで、皆にも教師にも愛されていました。余談ですが、教師や父兄の前だけは「良い子」で陰にまわると悪と言うヤツは皆が嫌っていました。高校生ぐらいでは長い間に渡って皆をたぶらかす芸当は出来ませんや。
芸事の世界の師弟関係は、私達の頃は学校の教師生徒の関係より上で、言わば絶対的なものでした。どうしても納得のいかない事は疑問の意見を述べましたが、そういう事はメッタに有りません。芸の上での事では皆無です。
ですから幸運だったんですよ。私達大学生は当時としては例外的に師匠の芸域を心の底から信頼出来ましたからね。
これからの尺八界って大変ですわ、師匠と弟子が教授者と被教授者の関係に変わりました。つまりレッスンと月謝で完結する関係です。
今はまだ時代の変わり目ですから、前の師弟感覚も残っていますが、流派会派に新人が入らない「教授産業の終焉」は、もう多くの人が認める段階にまで来てしまいました。
ではどうなるのか?。分かるでしょう、アナタが英会話を習っているとして、教師は「恩師」ですか?。教わる事項を越えて行動規範に対しても指導を受けたいと思いますか?
プロを目指す人だけは別ですよ、まだまだ邦楽では縦系列を完全には無視できません。でも、もう一般の人相手では、どんなに良くてもコーチどまりですね。
尺八を吹く外国人は師匠に対する態度は非常に丁寧です。でも稽古を離れるとザックバランです。もう日本の尺八界もこの方向に進んでいると見て間違い有りません。
社会経験の豊富な成人男性を構成の主体とする尺八の場合、教授産業としての邦楽を成り立たせていた「人の道である礼儀を身につける」という師匠の側の言い分は、本当はとっくに信じられてはいませんでした。「世間知らずの邦楽家より自分達の方が良く知っている」が本音です。
でも、人が形だけでも師匠の言い分を尊重していたからこそ昭和までは流が何とか保ったんです。「人の道」の基準が雑多になった世代が段々と多くなったんですもの、もうダメですよ。
では流や会が生き残る道もはっきり分かります。オトナ相手なんですから「学校」ではなく「塾」になるのです。
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