細胞分裂
- 2016/10/16
- 11:58
2年前です。豊橋で展示会をやった時に晃山流の方達が見えました。失礼ながら「まだ有ったのか」、が私の正直な反応でした。岐阜、愛知になお10人ほどいるとの事です。
でも、すでに独立にいたるイキサツはおろか、創始者の名前も正確には認識していませんでした。晃山流は平塚洸山が都山流から離れて名古屋を地盤にして創った流です。
都山からは大正6年に早くも上田佳山が離脱して上田流を立ち上げていますが、尺八に入門する人が多く、しかも都山が全国制覇を達成する以前には独立もしやすかったんでしょうね。でも嚆矢の上田は徹底的に敵視されました。
上田と同じ大阪を地盤にする流派としては生駒都荻の生駒流が有り、兵庫には安永省山の省山流と角野風山の錦生流が、岡山では若原都蓬が孤山流を創流しています。
関東でも甲府の聖風流(後藤聖風)とか聖山流(佐藤令山)、茶山流(壽壽木茶山)なんかが、独立後にある程度の所帯を保った所です。
昭和に入っての独立はリスクも非常に大きいものでした。特に都山からは。強大な影響力を持つ尺八界最大の巨人・初代都山に敵対するわけですからね。
上田はかなり自由度の高い流派ですが、それでも分離独立は有ります。菊水湖風こと柴田聖山の菊水流、村治虚童の村治流、大きいのは二つですが、あと幾つも有ります。私の住んでいる近くの伊豆にも敷島流が残っていました。
新しい流派を立ち上げる動機は人によって多少違うでしょう。「小さくても自分がトップに立ちたい」とか「自分の尺八観に上からの掣肘を受けたくない」は動機のかなり大きなものです。そして、より大きいのが「生活する為に免状を発行したい」です。
採る人がいさえすれば免状ほどボロイモノは有りません。初代都山は、これを宗家を頂点とする有限連鎖(ネズミ講は無限連鎖)の関係にして組織を自動増殖の段階にまで育てました。
キモはソフトの一元管理と免状です。今に残る「6・3・1制」は宗家の取り分を全体の3に抑えて、取り立て師匠、親師匠にそれぞれ6と1という具合に利潤の再配分を行う事で巨大組織を本店と出店の関係にしてみせました。親師匠にしてみれば、自分の顔も知らない孫弟子の免状料まで1割の利益分配にあずかれるのです。
他が都山ほど成功しなかったのは初代都山の偉大さです。
琴古の場合、どだい琴古流宗家がいないのですから、昔も今も少し格好の付いた規模になると、すぐ独立社中を創ります。これも免状が主目的でした。ダイタイからして琴古には都山ほどの束縛は有りませんもの。独立すると弟子の稽古の為の譜面にも困るなんて事も無いですし、余程に不義理をしたのでもなければ、その事で糸方にソッポを向かれる事もありません。
都山からの独立は苦労が多いですよ。コピーの普及以前には手書きやガリ版刷り譜面を使っている所すら有りました。糸方も正派、宮城はじめ大所には全て初代都山は一定の影響力が有りましたからね。
30年くらい前、青木鈴慕先生がプロ志向の若い人達(実名は林と船明ですが)に言っていました。「プロになると言っても免状が出せないとナカナカ生活できないよ」。ですから尺八界の細胞分裂は止まらなかったのです。
振り返って今は、もう分裂の為の栄養素である免状は存在しえません。ですけど、「帰属の必要」が失われたので、違う形での細分化が加速しています。遠からず普化系諸派の様に「人の数だけ派が有る」と言われる様な状態になるでしょう。
これって良いか悪いかは私には分かりません。でも細胞分裂って個体が死ぬまでは続くんですよ。
でも、すでに独立にいたるイキサツはおろか、創始者の名前も正確には認識していませんでした。晃山流は平塚洸山が都山流から離れて名古屋を地盤にして創った流です。
都山からは大正6年に早くも上田佳山が離脱して上田流を立ち上げていますが、尺八に入門する人が多く、しかも都山が全国制覇を達成する以前には独立もしやすかったんでしょうね。でも嚆矢の上田は徹底的に敵視されました。
上田と同じ大阪を地盤にする流派としては生駒都荻の生駒流が有り、兵庫には安永省山の省山流と角野風山の錦生流が、岡山では若原都蓬が孤山流を創流しています。
関東でも甲府の聖風流(後藤聖風)とか聖山流(佐藤令山)、茶山流(壽壽木茶山)なんかが、独立後にある程度の所帯を保った所です。
昭和に入っての独立はリスクも非常に大きいものでした。特に都山からは。強大な影響力を持つ尺八界最大の巨人・初代都山に敵対するわけですからね。
上田はかなり自由度の高い流派ですが、それでも分離独立は有ります。菊水湖風こと柴田聖山の菊水流、村治虚童の村治流、大きいのは二つですが、あと幾つも有ります。私の住んでいる近くの伊豆にも敷島流が残っていました。
新しい流派を立ち上げる動機は人によって多少違うでしょう。「小さくても自分がトップに立ちたい」とか「自分の尺八観に上からの掣肘を受けたくない」は動機のかなり大きなものです。そして、より大きいのが「生活する為に免状を発行したい」です。
採る人がいさえすれば免状ほどボロイモノは有りません。初代都山は、これを宗家を頂点とする有限連鎖(ネズミ講は無限連鎖)の関係にして組織を自動増殖の段階にまで育てました。
キモはソフトの一元管理と免状です。今に残る「6・3・1制」は宗家の取り分を全体の3に抑えて、取り立て師匠、親師匠にそれぞれ6と1という具合に利潤の再配分を行う事で巨大組織を本店と出店の関係にしてみせました。親師匠にしてみれば、自分の顔も知らない孫弟子の免状料まで1割の利益分配にあずかれるのです。
他が都山ほど成功しなかったのは初代都山の偉大さです。
琴古の場合、どだい琴古流宗家がいないのですから、昔も今も少し格好の付いた規模になると、すぐ独立社中を創ります。これも免状が主目的でした。ダイタイからして琴古には都山ほどの束縛は有りませんもの。独立すると弟子の稽古の為の譜面にも困るなんて事も無いですし、余程に不義理をしたのでもなければ、その事で糸方にソッポを向かれる事もありません。
都山からの独立は苦労が多いですよ。コピーの普及以前には手書きやガリ版刷り譜面を使っている所すら有りました。糸方も正派、宮城はじめ大所には全て初代都山は一定の影響力が有りましたからね。
30年くらい前、青木鈴慕先生がプロ志向の若い人達(実名は林と船明ですが)に言っていました。「プロになると言っても免状が出せないとナカナカ生活できないよ」。ですから尺八界の細胞分裂は止まらなかったのです。
振り返って今は、もう分裂の為の栄養素である免状は存在しえません。ですけど、「帰属の必要」が失われたので、違う形での細分化が加速しています。遠からず普化系諸派の様に「人の数だけ派が有る」と言われる様な状態になるでしょう。
これって良いか悪いかは私には分かりません。でも細胞分裂って個体が死ぬまでは続くんですよ。
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