コーヒーの味
- 2016/11/02
- 22:59
コーヒーって何とも安らぐ味ですなあ。特に朝の一杯のコーヒーはたまらなく美味しいですがな。
私が初めてコーヒーを飲んだのは、捕虜経験で、すっかりアメリカかぶれになった父が会社帰りに買ってきたインスタントコーヒーです。たぶん昭和35年頃です。まだ小学生だった私と弟は「苦げえ、飲めたもんじゃねえ」と一度で嫌になりました。
オヤジのコーヒーは今から思うとスゴク濃かったみたいです。戦前に何度か飲んだ事の有るらしい祖父は「コーヒーは美味いねえ」と御満悦で飲んでいました。角砂糖を5つも6つも入れて・・・。
「オトナの味」っていうんじゃないですよ、その証拠に小学校6年の時には美味いと思って飲んでいましたもの。でも私は今でもインスタントでも何でも良いのです。ただ、濃いのはやはりイヤですね。
ですから、かえって戦中の大豆やタンポポで作った代用コーヒーは気持ちが分かりません。そんなにまでして飲みてえか?
私の若い頃のコーヒーは濃くて苦かったようです。昭和44年頃ですがアメリカ人のデストロイヤーはレストランででお湯を別にカップ1杯もらって薄めて飲んでいました。
30年前でもアメリカ人が「日本のコーヒーは濃い」とよく言ってましたので、「アメリカンという弱い(ウィーキィ)のも有るよ」と、しばしばアドバイスしました。
日本でアメリカンが出てきたのは1970年頃だったでしょうか?缶コーヒーは1974年だったと思います。
40年前の韓国では喫茶店の数がハンパじゃなかったですね。失業者が街にあふれていた時代でしたから、失業者は50ウォン(35円くらい)のコーヒーで日がな一日喫茶店で茫然と時間を潰し、酷寒の韓国の冬をしのいでいました。
コーヒーにはあらかじめ砂糖(たぶんサッカリン)が入っていて、テーブルには砂糖は置いて有りません。置けば時間だけ無限に有って金の無い人達が水に入れて飲んでしまうからです。
住宅事情の悪い当時の韓国では、喫茶店は会社の応接室でもあり、人々の相談の場でもありました。そういえば大学時代には私達も頻繁に喫茶店を利用しましたね。多い時は日に3回くらいも行きました。その頃の喫茶店のコーヒーなんかデガラシ、今だったら飲めませんよ。
ほとんどの喫茶店が今では無くなり、かわりにコーヒーハウスが全盛です。日本人もコーヒーを本当の意味で味あう時代になった様ですね。
昔の喫茶店て、コーヒーを楽しむ為の場ではなかったですもの・・・。
香を楽しみたい人、ミルクコーヒーが好きな人、アイスコーヒーを冬でも愛飲する人、自分の好みで様々なブレンドをしたり、薄いも濃いもお好みしだい。。「アイスだと、あんなモノ邪道だ。本当の味が分かっていないヤツが飲むもんだ」とコダワリを誇る人だっています。
どう考えたって昔よりコーヒーを楽しむ環境になりましたよね。それでいて、イヤそれだからこそコーヒーを本当に分かる人も増えました。
私って、尺八もそうなって欲しいと思っていましたので、今の尺八にはワクワクします。何でも有りで発展しないわけが無いですよ。
良いモノを作る知恵は多くの人の雑多な好みから生まれます。そして狭く限定した「伝統」の範囲にもまた良いモノは有ります。
私が初めてコーヒーを飲んだのは、捕虜経験で、すっかりアメリカかぶれになった父が会社帰りに買ってきたインスタントコーヒーです。たぶん昭和35年頃です。まだ小学生だった私と弟は「苦げえ、飲めたもんじゃねえ」と一度で嫌になりました。
オヤジのコーヒーは今から思うとスゴク濃かったみたいです。戦前に何度か飲んだ事の有るらしい祖父は「コーヒーは美味いねえ」と御満悦で飲んでいました。角砂糖を5つも6つも入れて・・・。
「オトナの味」っていうんじゃないですよ、その証拠に小学校6年の時には美味いと思って飲んでいましたもの。でも私は今でもインスタントでも何でも良いのです。ただ、濃いのはやはりイヤですね。
ですから、かえって戦中の大豆やタンポポで作った代用コーヒーは気持ちが分かりません。そんなにまでして飲みてえか?
私の若い頃のコーヒーは濃くて苦かったようです。昭和44年頃ですがアメリカ人のデストロイヤーはレストランででお湯を別にカップ1杯もらって薄めて飲んでいました。
30年前でもアメリカ人が「日本のコーヒーは濃い」とよく言ってましたので、「アメリカンという弱い(ウィーキィ)のも有るよ」と、しばしばアドバイスしました。
日本でアメリカンが出てきたのは1970年頃だったでしょうか?缶コーヒーは1974年だったと思います。
40年前の韓国では喫茶店の数がハンパじゃなかったですね。失業者が街にあふれていた時代でしたから、失業者は50ウォン(35円くらい)のコーヒーで日がな一日喫茶店で茫然と時間を潰し、酷寒の韓国の冬をしのいでいました。
コーヒーにはあらかじめ砂糖(たぶんサッカリン)が入っていて、テーブルには砂糖は置いて有りません。置けば時間だけ無限に有って金の無い人達が水に入れて飲んでしまうからです。
住宅事情の悪い当時の韓国では、喫茶店は会社の応接室でもあり、人々の相談の場でもありました。そういえば大学時代には私達も頻繁に喫茶店を利用しましたね。多い時は日に3回くらいも行きました。その頃の喫茶店のコーヒーなんかデガラシ、今だったら飲めませんよ。
ほとんどの喫茶店が今では無くなり、かわりにコーヒーハウスが全盛です。日本人もコーヒーを本当の意味で味あう時代になった様ですね。
昔の喫茶店て、コーヒーを楽しむ為の場ではなかったですもの・・・。
香を楽しみたい人、ミルクコーヒーが好きな人、アイスコーヒーを冬でも愛飲する人、自分の好みで様々なブレンドをしたり、薄いも濃いもお好みしだい。。「アイスだと、あんなモノ邪道だ。本当の味が分かっていないヤツが飲むもんだ」とコダワリを誇る人だっています。
どう考えたって昔よりコーヒーを楽しむ環境になりましたよね。それでいて、イヤそれだからこそコーヒーを本当に分かる人も増えました。
私って、尺八もそうなって欲しいと思っていましたので、今の尺八にはワクワクします。何でも有りで発展しないわけが無いですよ。
良いモノを作る知恵は多くの人の雑多な好みから生まれます。そして狭く限定した「伝統」の範囲にもまた良いモノは有ります。
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