自然の音
- 2016/12/06
- 22:45
もう今は小鳥を飼う人はあまりいなくなりましたが、私の若い頃はかなりの家で小鳥籠が見られました。昭和30年頃の我家では数十羽のカナリヤが飼われていました。祖父がアメリカへの輸出用に飼育していたんです。
戦前から昭和30年くらいまでカナリヤは外貨稼ぎの為の重要な輸出品だったのです。その美しい声が愛好されていたのですが、途中からカナリヤは後天的に赤くして鑑賞用に変わりました。そうしていつの間にか人気が無くなり、見なくなりました。一時の嗜好の変化に眼が眩み、カナリヤの最大の魅力である鳴き声を軽視したからではないでしょうか。
私も子供の頃から高校まで絶える事なく鳥を飼っていました。1960年代までは少年達の間で伝書鳩が流行っていましたし、それ以外にチャボ、アヒル、小鳥では子供の定番であるジュウシマツ、文鳥、セキセイインコそして紅雀。和鳥では目白、山雀、キビタキ、頬白、それ以外にもカラスも飼った事が有ります。
日本人は小鳥の鳴き声にメッセージ性を感じていた様です。40年前の流行った「右脳左脳学説」とかの事を言ってるんではないですよ、もっと一般的で簡単な事です。
鶯が「ホーホケキョ(法、法華経)」、ホトトギスが「ペッテンカケタカ」、頬白「一筆啓上し候」、イカル「ツキヒホシ(月日星)」。またヒバリやウズラの声に寂しさを感じたり、鶏や雀が朝を告げると一日のスタートを感じたり・・・。もう失われた感覚になりつつありますね。
また鳥の習性に合わせて鳥籠にも工夫が有りました。トンボ返りする山雀には背の高い籠、ジャンプするウズラの籠は天井に網を張って頭をぶつけないようにする、また鶯の季節感を狂わして正月に鳴くようにする為の板と障子で囲った籠桶。
太古の昔から鳥達と生活を共にしてきた日本人の心というか心情ですかね。
「右脳左脳学説」は、ここに関連する事を簡単に述べると、「虫、鳥、風など自然の音は左脳で聴く日本人にとって意味の有るメッセージだが、右脳で聞いている日本人以外の民族は雑音」だと言うものです。
当初から疑問視する声が相当大きく、今ではあまり信用されていない様です。ですが、こういう学説(この部分を発表したのは真面目な学説としてであり、トンデモさんではないのです)が出て、多くの日本人に支持されたのは、「外国人には虫や鳥の声は本当に雑音か?」という事を別にして、自分達は「確かにそう聞いている」と多くの人が思ったからでしょう。
尺八の音とは、自然音そのものの音を音楽として使っている事は多くの人が知っています。尺八は演奏も楽器性能も、ここ20年の進歩は目を見張るものが有ります。
ただ、この「自然の音」を軽視しては、尺八は魅力の無い物になると思います。
尺八って、良い悪いではなく、フルートと比較して、はるかに多くの倍音を含んでいます。
この音の複雑さが外国人を惹きつけているというのは「学説」的な意見。もっと一般的で簡単な理由ですと、「右脳で自然音を聞いている」はずの外国人にだって、自然音は魅力的だからですよ。
戦前から昭和30年くらいまでカナリヤは外貨稼ぎの為の重要な輸出品だったのです。その美しい声が愛好されていたのですが、途中からカナリヤは後天的に赤くして鑑賞用に変わりました。そうしていつの間にか人気が無くなり、見なくなりました。一時の嗜好の変化に眼が眩み、カナリヤの最大の魅力である鳴き声を軽視したからではないでしょうか。
私も子供の頃から高校まで絶える事なく鳥を飼っていました。1960年代までは少年達の間で伝書鳩が流行っていましたし、それ以外にチャボ、アヒル、小鳥では子供の定番であるジュウシマツ、文鳥、セキセイインコそして紅雀。和鳥では目白、山雀、キビタキ、頬白、それ以外にもカラスも飼った事が有ります。
日本人は小鳥の鳴き声にメッセージ性を感じていた様です。40年前の流行った「右脳左脳学説」とかの事を言ってるんではないですよ、もっと一般的で簡単な事です。
鶯が「ホーホケキョ(法、法華経)」、ホトトギスが「ペッテンカケタカ」、頬白「一筆啓上し候」、イカル「ツキヒホシ(月日星)」。またヒバリやウズラの声に寂しさを感じたり、鶏や雀が朝を告げると一日のスタートを感じたり・・・。もう失われた感覚になりつつありますね。
また鳥の習性に合わせて鳥籠にも工夫が有りました。トンボ返りする山雀には背の高い籠、ジャンプするウズラの籠は天井に網を張って頭をぶつけないようにする、また鶯の季節感を狂わして正月に鳴くようにする為の板と障子で囲った籠桶。
太古の昔から鳥達と生活を共にしてきた日本人の心というか心情ですかね。
「右脳左脳学説」は、ここに関連する事を簡単に述べると、「虫、鳥、風など自然の音は左脳で聴く日本人にとって意味の有るメッセージだが、右脳で聞いている日本人以外の民族は雑音」だと言うものです。
当初から疑問視する声が相当大きく、今ではあまり信用されていない様です。ですが、こういう学説(この部分を発表したのは真面目な学説としてであり、トンデモさんではないのです)が出て、多くの日本人に支持されたのは、「外国人には虫や鳥の声は本当に雑音か?」という事を別にして、自分達は「確かにそう聞いている」と多くの人が思ったからでしょう。
尺八の音とは、自然音そのものの音を音楽として使っている事は多くの人が知っています。尺八は演奏も楽器性能も、ここ20年の進歩は目を見張るものが有ります。
ただ、この「自然の音」を軽視しては、尺八は魅力の無い物になると思います。
尺八って、良い悪いではなく、フルートと比較して、はるかに多くの倍音を含んでいます。
この音の複雑さが外国人を惹きつけているというのは「学説」的な意見。もっと一般的で簡単な理由ですと、「右脳で自然音を聞いている」はずの外国人にだって、自然音は魅力的だからですよ。
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