縦線の乱れ
- 2017/02/08
- 22:08
私だって大学に入って前期試験までの半年、正味4か月は少しは授業に出たのですよ。ただ1年2年は専門課程が少なく、一般教養課程つまり言ってみたら高校の時のオサライ、それもかなり程度の低いレベルですから、後期になっても真面目に出席している学生は皆から内心でコケにされていました。
その頃は「授業なんか出ているとマトモなオトナになれないぞ」と本当に言われていた時代です。世は「大学生は造反有理」の時代で、別にサヨクでなくたって体制に従順な価値観は一番バカにされていました。
私は2年生の時は1年間で2回しか授業に出ませんでした。いくらロックアウトで半年間大学に立ち入り禁止だからって少なすぎると思いますかな?さにあらず、ゼロ回のヤツだって珍しくなかったんですよ。
当時の大学の一般教養の教室は、もし真面目に学生の8割が出席したらパンクする事は、少しモノの見える学生なら誰にも分かっていた事です。つまり大学の本音は「教養授業には、あまり出てくれるな」という事です。
私はその時間に尺八を吹いて生涯の食い扶持にしましたが、当時の他大学で尺八を吹いていた人と話しても、「職業にはしていないけど授業に出ないで尺八を吹いていた事は正解だった」と皆が言います。
そして3,4年になります。ここは専門課程で、中には凄く面白い授業が有ります。ですから私も週に4、5時限は出席しました。当然、身に付いたのは、この2年間で自分の面白いと思って学んだ事です。もっとも当時の大学ですから、別に授業に出なくったって本を読めば分かる事がほとんどなのですが、それは内容であって、深堀した教授の知識は教室でこそ触れられるわけです。本に書く場合には意図して避けるのでしょうかね。多くの場合、ここに教授の学識のキモが有りました。法政では私が出た授業の範囲では教授に「トンデモさん」はいませんでした。
尺八の場合、一流の尺八家に初めからつける東京の大学生なんて、極めて珍しい幸運な境遇です。多くの人は、つい最近まで流派すら知らずに近所の師匠の所に入門したのです。これでプロになれたら奇跡です。
ですから、もうこの師匠では限界と思った人は、改めて一流プロの門を敲くのです。その為、1回目の転門は誰も問題にしません(この誰もには青木先生は入っていませんから。念の為)。
日本の大学は教授以下縦の関係ですから、弟子は教授を否定も出来ないし異説を唱える事も難しいので、長く、それが弊害でもあり安心できる仕組みとも言われて来ました。
「ラットレース」と表現される過酷なアメリカの教授待遇に比べて楽だけど、その反面でブットンダ人や天才が出ない仕組みだとも評されます。どっちが良いかは私には分かりません。
三塚さんは初め青木鈴慕門下にいて山本邦山に転門、そして今はフリーです。ネプチューンは日本に来た当初は三好芫山につき、そして邦山門下。すぐフリーになりましたが、その他にも夥しいプロのポイントレッスンに触れています。
こういう人って今までは稀な天才だけでしたが、これからは当たり前になります。今からは、師匠につかず上達してからレッスンだけ受ける人が尺八の主流になります。
でも、その一方でジックリ師匠の芸を詰める人だっているわけで、こういう無数の選択肢の有る時代になって、尺八にも遅まきながら大いなる可能性が出てきました。
自分勝手、適者生存、無秩序、無強制、何でも有。大好きな時代の幕が開きましたな。一流のプロにつく以上は、その人の言う事を初めは全面的に受け入れるのが当たり前。でも途中で軌道修正も当たり前。こうでない芸術産業って上の人達の利権産業ですよ。
その頃は「授業なんか出ているとマトモなオトナになれないぞ」と本当に言われていた時代です。世は「大学生は造反有理」の時代で、別にサヨクでなくたって体制に従順な価値観は一番バカにされていました。
私は2年生の時は1年間で2回しか授業に出ませんでした。いくらロックアウトで半年間大学に立ち入り禁止だからって少なすぎると思いますかな?さにあらず、ゼロ回のヤツだって珍しくなかったんですよ。
当時の大学の一般教養の教室は、もし真面目に学生の8割が出席したらパンクする事は、少しモノの見える学生なら誰にも分かっていた事です。つまり大学の本音は「教養授業には、あまり出てくれるな」という事です。
私はその時間に尺八を吹いて生涯の食い扶持にしましたが、当時の他大学で尺八を吹いていた人と話しても、「職業にはしていないけど授業に出ないで尺八を吹いていた事は正解だった」と皆が言います。
そして3,4年になります。ここは専門課程で、中には凄く面白い授業が有ります。ですから私も週に4、5時限は出席しました。当然、身に付いたのは、この2年間で自分の面白いと思って学んだ事です。もっとも当時の大学ですから、別に授業に出なくったって本を読めば分かる事がほとんどなのですが、それは内容であって、深堀した教授の知識は教室でこそ触れられるわけです。本に書く場合には意図して避けるのでしょうかね。多くの場合、ここに教授の学識のキモが有りました。法政では私が出た授業の範囲では教授に「トンデモさん」はいませんでした。
尺八の場合、一流の尺八家に初めからつける東京の大学生なんて、極めて珍しい幸運な境遇です。多くの人は、つい最近まで流派すら知らずに近所の師匠の所に入門したのです。これでプロになれたら奇跡です。
ですから、もうこの師匠では限界と思った人は、改めて一流プロの門を敲くのです。その為、1回目の転門は誰も問題にしません(この誰もには青木先生は入っていませんから。念の為)。
日本の大学は教授以下縦の関係ですから、弟子は教授を否定も出来ないし異説を唱える事も難しいので、長く、それが弊害でもあり安心できる仕組みとも言われて来ました。
「ラットレース」と表現される過酷なアメリカの教授待遇に比べて楽だけど、その反面でブットンダ人や天才が出ない仕組みだとも評されます。どっちが良いかは私には分かりません。
三塚さんは初め青木鈴慕門下にいて山本邦山に転門、そして今はフリーです。ネプチューンは日本に来た当初は三好芫山につき、そして邦山門下。すぐフリーになりましたが、その他にも夥しいプロのポイントレッスンに触れています。
こういう人って今までは稀な天才だけでしたが、これからは当たり前になります。今からは、師匠につかず上達してからレッスンだけ受ける人が尺八の主流になります。
でも、その一方でジックリ師匠の芸を詰める人だっているわけで、こういう無数の選択肢の有る時代になって、尺八にも遅まきながら大いなる可能性が出てきました。
自分勝手、適者生存、無秩序、無強制、何でも有。大好きな時代の幕が開きましたな。一流のプロにつく以上は、その人の言う事を初めは全面的に受け入れるのが当たり前。でも途中で軌道修正も当たり前。こうでない芸術産業って上の人達の利権産業ですよ。
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