尺八の大学教育
- 2017/03/13
- 00:05
右翼教育をやる学校が何かと話題を振りまいていますな。テレビでもキャスター達がアレコレ言って解説しています。その偏向教育なんてものは、私立ですから、私はどうでも良いと思います。世の多くの親は呆れて相手にしないでしょうが、中には賛同する人だっていないわけでもないでしょう。右だ左だと言ったところで、そこにいる人は「自分がセンターだ」と思っているわけでしょうしね。ダイイチ現在の日本で時代逆行の教育をしたところで何ほどの事にもならないでしょうよ。
学校設立の根本の所、そのカラクリは仮にも報道に携わる人達ですから、本当は皆が全部分かっているのです。でも証拠が出ないうちに先走って口走ると害が自分に跳ね返ってくるので、周辺だけアレコレ突っついて、視聴者にそれとなく真実に迫る憶測を抱かせているわけです。そういう事は教養社会である日本のオトナ相手だからできる事です。
40年前に友人の小池哲二さんから、「今度、邦楽を中心に据えた音楽教育をする短期大学を創りたいので」と協力を要請されました。1981年に開学した高崎芸術短期大学です。
この構想は、幾つかの学校や幼稚園を経営していた堀越さんが抱いていた企画でした。堀越さんは小池さんのお母さんの姉さんの御主人で、自身に子供がいなかったので小池さんに後継者を託したのです。
堀越さんに邦楽教育の大切さを説いたのは有名な近衛四兄弟の次男、秀麿です。エッ、知らないって。近衛ったら藤原氏の宗本、「氏の長者」でしょう。関白になれるのは五つの家しか有りませんが、その筆頭です。秀麿の兄が敗戦後の東京裁判の被告席に座る前に服毒自殺をした元首相の近衛文麿ですがな。
戦後は旧宮家や華族は地盤沈下して、私ていどの「三下文化人」にも2度ばかり文化事業の声を掛け、挙句断られるほどに権威が失われましたが、堀越さんは昔者だけに重く受け止めたんでしょう。
国有地が安く払い下げられる、そこに学校を造る事が決まると建物も何とかなる。何故か?
誰だって知ってますよ、土地は学校が10年(前は7年)持ってれば、後は自由に売れる。その時点で不動産屋、デベロッパー、建築屋、政治家等の皆さまが潤うわけですな。これって私が言う分には「バカのタワゴト」で誰も問題にしませんが、多少なりとも社会に影響力を有する人だと問題になる場合も有ります。ですから、キャスター連は「アブナイ線」にも触れそうになるビジネスボケを一人くらい入れて阿吽の呼吸で発言しているわけです。
もし学校設立に不透明なヤリトリが無かったら、そもそも志が有っても、大きな財産を所有している人しか学校を創れなくなってしまいます。
私も大したことは出来なかったけど、それでも自分に出来ることは協力しました。開学してからだって3年くらいは頻繁に顔出ししましたよ。一度など、学校の信用を守る為にトンデモ学者を本気で排除しました。
そこで得た報酬。平均単価3万円の尺八を通算で30本くらい買ってもらいました。それと、私みたいな貧乏人には滅多にお目にかかれない御馳走を10回くらい、普通レベルの食事を数十回御馳走になりましたかね。
でも「邦楽を中心にした音楽教育」は私立の大学レベルでは無理ですわ。ですから経営の事を考えたら少しずつ邦楽は中心から外れていかざるを得ないのです。
私が徐々に関わりを持たなくなったのは、そのせいでは有りません。自分が目の回るほどのスケジュールに追いまくられて、ナカナカ高崎まで行けなくなってしまったのです。
尺八や箏を大学で教える事に反対だという人はいないでしょう。芸大の邦楽科が特定社中の出張所と化している事は周知の事ですが、そこから前時代には類を見ない優良演奏家が多数輩出している事もまた事実です。
今みたいに日本人の音楽環境が向上してくると、芸大に行かなくても優れた尺八吹きは続々と出ています。ですが、個別の教官の力量はともかくとして、やはり総合的な音楽教育という観点からは「大学で邦楽を教える」という事の重要性は、今では尺八に関しては、ほとんどの人が認識しています。
でも私は言いたい。個人で尺八を教える事も、それに劣らず大切な事だって。だって、そういう事の積み重ねが無かったら芸大でいくら教えたって発表の場も出来ませんよ。
学校設立の根本の所、そのカラクリは仮にも報道に携わる人達ですから、本当は皆が全部分かっているのです。でも証拠が出ないうちに先走って口走ると害が自分に跳ね返ってくるので、周辺だけアレコレ突っついて、視聴者にそれとなく真実に迫る憶測を抱かせているわけです。そういう事は教養社会である日本のオトナ相手だからできる事です。
40年前に友人の小池哲二さんから、「今度、邦楽を中心に据えた音楽教育をする短期大学を創りたいので」と協力を要請されました。1981年に開学した高崎芸術短期大学です。
この構想は、幾つかの学校や幼稚園を経営していた堀越さんが抱いていた企画でした。堀越さんは小池さんのお母さんの姉さんの御主人で、自身に子供がいなかったので小池さんに後継者を託したのです。
堀越さんに邦楽教育の大切さを説いたのは有名な近衛四兄弟の次男、秀麿です。エッ、知らないって。近衛ったら藤原氏の宗本、「氏の長者」でしょう。関白になれるのは五つの家しか有りませんが、その筆頭です。秀麿の兄が敗戦後の東京裁判の被告席に座る前に服毒自殺をした元首相の近衛文麿ですがな。
戦後は旧宮家や華族は地盤沈下して、私ていどの「三下文化人」にも2度ばかり文化事業の声を掛け、挙句断られるほどに権威が失われましたが、堀越さんは昔者だけに重く受け止めたんでしょう。
国有地が安く払い下げられる、そこに学校を造る事が決まると建物も何とかなる。何故か?
誰だって知ってますよ、土地は学校が10年(前は7年)持ってれば、後は自由に売れる。その時点で不動産屋、デベロッパー、建築屋、政治家等の皆さまが潤うわけですな。これって私が言う分には「バカのタワゴト」で誰も問題にしませんが、多少なりとも社会に影響力を有する人だと問題になる場合も有ります。ですから、キャスター連は「アブナイ線」にも触れそうになるビジネスボケを一人くらい入れて阿吽の呼吸で発言しているわけです。
もし学校設立に不透明なヤリトリが無かったら、そもそも志が有っても、大きな財産を所有している人しか学校を創れなくなってしまいます。
私も大したことは出来なかったけど、それでも自分に出来ることは協力しました。開学してからだって3年くらいは頻繁に顔出ししましたよ。一度など、学校の信用を守る為にトンデモ学者を本気で排除しました。
そこで得た報酬。平均単価3万円の尺八を通算で30本くらい買ってもらいました。それと、私みたいな貧乏人には滅多にお目にかかれない御馳走を10回くらい、普通レベルの食事を数十回御馳走になりましたかね。
でも「邦楽を中心にした音楽教育」は私立の大学レベルでは無理ですわ。ですから経営の事を考えたら少しずつ邦楽は中心から外れていかざるを得ないのです。
私が徐々に関わりを持たなくなったのは、そのせいでは有りません。自分が目の回るほどのスケジュールに追いまくられて、ナカナカ高崎まで行けなくなってしまったのです。
尺八や箏を大学で教える事に反対だという人はいないでしょう。芸大の邦楽科が特定社中の出張所と化している事は周知の事ですが、そこから前時代には類を見ない優良演奏家が多数輩出している事もまた事実です。
今みたいに日本人の音楽環境が向上してくると、芸大に行かなくても優れた尺八吹きは続々と出ています。ですが、個別の教官の力量はともかくとして、やはり総合的な音楽教育という観点からは「大学で邦楽を教える」という事の重要性は、今では尺八に関しては、ほとんどの人が認識しています。
でも私は言いたい。個人で尺八を教える事も、それに劣らず大切な事だって。だって、そういう事の積み重ねが無かったら芸大でいくら教えたって発表の場も出来ませんよ。
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