尺八家の役目

昨日、Оさんがいらして２尺の尺八を注文して行きました。久しぶりの来店だし、それにОサンはもう８３才です。今さら、ではないが「どうするんですか？」、当然思いますよ。聞けばОさん、奥さんを４か月前に亡くされたとか。

人間生きて行く限り悲しい事は避けようが無いでしょう。数々の不幸の中でも男にとって、年配になってから連れ合いに先立たれるほどの辛い事って、他にはちょっと見当もつきません。男って年をとる毎に奥さんへの依頼心が強くなりますから、世のほとんどのニョウボ持ちは、「妻のいない世界に取り残されたくない、だから妻より１秒でも先に死にたい」と思ってるモンですぜ。年配の男の多い尺八界ですから、こんな事今さら言う事もないですがね。
でも良くしたもので、世の夫婦は大抵が男が年上ですし、その上、女性の方が長生きしますからね。しかし不幸にして奥さんに先立たれる人もいます。
最初の１，２か月はただ茫然。でも時間が経つと少しずつ気持ちを取り戻していくみたいです。ここで男は、言わば最後にして最大の自立をするのです。
そして、新たに気持ちを切り替えて、一歩を踏み出す切っ掛けとして、尺八を買う人がいます。これОさんだけではないのですよ。去年は名古屋のＮ・Ｓ山さんがそうでしたし、私くらい客が多いと毎年のように出会うケースです。
でも、どうして今まで持っていた尺八ではなく新たに買うのでしょうか？Оさんにも訊きました。私って、こういう人の心にズカズカ踏み込むの平気なんです。ただし靴は脱ぎますよ。
「大橋さんに言われるまでも無く、私も８３ですからね。新しく尺八を買っても何年も吹けないでしょうよ。でもまだ生きるつもりですからね、当分は吹いて楽しもうと思うんです」。

「オマエ、尺八を作って売って、それで何か世の中の為になってるのか？」、そう言われたら「さあ」と首を捻るしかないですが、私って、そういう事を深く考えるタイプではないですし、だいいち人が心の拠り所を必要としている、そして尺八を求めている、それ以上の何に製管師が立ち入る事が有りましょうや・・・。
私だって、たとえば奥さんを亡くした人の尺八を買う心理をアレコレ忖度して、心理小説を作るくらいは出来ますよ。だけどねえ、どんな心境の変化にせよ、「尺八を買って新たに踏み出そう」そう考えた事は確かなんでしょう。それだったら作って売ったら良いのではありませんかな。

リストラに遭った人、大病した人、仕事や対人関係で悩んでいる人、いろんな悩みを抱えた人がいます。その人達が「尺八を吹いていて良かった」とおっしゃる時、私もチョッピリ幸せになります。